第49話


 どれくらい時間が経ったのだろう。流石にそろそろセリーヌが戻ってくるだろう、とジェイミーは涙を拭い大きく深呼吸した。赤くなった目元を見ても、セリーヌは気付かぬふりをしてくれる筈だ。何度か深呼吸を繰り返したところで馬車の扉が叩かれた。慌てて扉を開く。



「セリーヌさ……」



「ジェイミー」



 目の前にいたのは主ではない。悲しそうにジェイミーを見つめる彼がそこにはいた。



「ダミアン、さま……どうして」



「……話を、させて貰えないだろうか」



 首を振らなければならない。ここで断らなければ全てが水の泡だ。それなのに身体が上手く動かない。気が付くといつの間にかダミアンは馬車の中に乗り込んでいた。狭い馬車の中、隣同士に座ると否応なしに距離が近くなってしまう。



 熱く自分を見つめるダミアンの瞳から目を逸らしたいのに逸らせない。



「ジェイミー……君のことが好きだ。学生時代からずっと好きだった」



「そんなこと……信じられません」


 首を振るジェイミーへダミアンは頼りなく微笑んだ。



「好きじゃなければ卒業してから三年間も手紙を書けないよ」



「会えばいつも人を馬鹿にした態度ばかりじゃないですか」


 ダミアンはジェイミーに会う度、わざとらしく大袈裟に甘い言葉を吐く。その態度がジェイミーの不安を煽っている部分もあるのだ。



「そ、それは……ごめん」



「ほら、揶揄っているだけでしょう」



「違う!その……好きだから、上手く出来ないんだ」



 首を傾げるジェイミーを見て、ダミアンは気まずそうに視線を逸らす。



「……真面目に口説いて振られたら耐えられない。君が好きで堪らなくて、だけど真剣に伝えて断られたらもう二度と近付けないだろう。だからわざとらしい言葉でしか伝えられなくて……でも大袈裟な言葉に聞こえていたかもしれないけど君に伝えていた言葉は全部本心だよ」



「……貴方って人は」



 呆れて溜め息を吐くと、ジェイミーは肩を落として言葉を続けた。



「貴方の言葉が本心だとして、私のような男爵家の者と縁を結ぶことは許されることではないでしょう」



「ああ、両親にはもう君のことは伝えてある」



「はい?」



「学生時代から君以外の人とは結婚しないと宣言している。幸い、俺の両親は恋愛結婚だったから、快く許してくれたよ」



「そんな……で、でもご両親は兎も角、周りの人間が黙っていないわ。貴方に見合う令嬢と結婚すべきよ」



「俺がそんな世迷い事、言わせっぱなしにすると思う?」



「……思わない、けど」



 ダミアンの手がジェイミーの手に重なる。いつも自信満々に見えた彼の手は、震えていた。



「ジェイミー。好きだよ、君だけが好きだ。両親も君に会うことを楽しみにしてる。他の貴族達に文句ひとつ言わせない。絶対に君を守るよ。約束する。それに、必ず君がセリーヌ様と居られるようにする……それでもやっぱり、俺では駄目だろうか」



 悲しそうに眉を寄せる彼に、ジェイミーはまた溜め息を贈った。



「……駄目じゃないから困ってるんじゃない」



「……ジェイミー?」



「ああっ!!もうっ!!あのね、私は守ってもらうなんて性に合わないの!」



 貴方が一番知っているでしょう、と呟けば、その瞬間きつく抱き締められていた。





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