第46話




「ステファン様。先日のお話のお返事に参りました」



 拳をぎゅっと握り、奥歯を噛み締めた。様々な想いが交錯して、零れそうになる涙をぐっと堪えた。先程まで優しく笑っていたステファンもセリーヌの顔を見て表情を固くした。



「私はステファン様の婚約者には戻れません。ですが、十年間ありがとうございました」



「まぁ、それを見れば、ね」



 ステファンはセリーヌの腰をきつく抱くルーカスを見て苦笑いを浮かべた。



「セリーヌ。こちらこそ済まなかった。謝って許されることではないが、本当に申し訳なかった。酷いことばかり言ったが、セリーヌが婚約者でいてくれて嬉しかった。ありがとう」



「ステファン様……」



 今漸く彼との十年間を終えることが出来たと思えた。婚約解消当時はきちんと挨拶すらせず、喧嘩別れのようになってしまっていた。それが余計に二人の心を拗らせていたと思う。セリーヌもステファンも晴れ晴れとした気持ちで笑い合い、複雑な想いにどうにかけりを付けることができた。



「兄上がセリーヌを大事にしない時はいつでも辺境に来たら良い」



「ステファン」



 ルーカスの瞳が怒りに塗れたのを見て、ステファンは愉快そうにからからと笑った。



「兄上にそんな顔をさせるのはセリーヌだけだな。これ以上は兄上に何をされるか分からないしもう行くよ。兄上、セリーヌ、ありがとう。どうか幸せに」



 ステファンは清々しい笑顔で馬に飛び乗ると、護衛達に合図し二人に手を振って出発した。ステファンの背中はあっという間に小さくなった。ああ、これで漸く言いたいことが言える。








「殿下!!そっちはお尻です!!」



「うん、知ってるよ」



 ステファンが馬に乗ってすぐ、セリーヌの腰を抱いていたルーカスの手が不自然に移動してきた。ステファンの手前、注意もできず彼が見えなくなってから声を上げた。セリーヌはルーカスの手を抓ろうとするがひらりと躱され、あっという間にルーカスの胸に閉じ込められてしまう。



「セリーヌがステファンとばかり話すから」



「きちんとお別れしたかったのです」



「それでも嫌だ」



「ちょっと……!」



 ルーカスはセリーヌを抱き締めたまま、その手が怪しく動き始める。セリーヌはどうにか身を捩るがルーカスがきつく抱き締めており抜け出すことが出来ない。



「止めてください」



「どうして?セリーヌが触れてほしいって言ったんだ」



「……っ!」



 セリーヌは顔を真っ赤に染めて叫んだ。



「そ!れ!は!そんな意味ではありません!!!」



 ルーカスは満足そうに笑う。一方、少し離れた場所で控えるダミアンとジェイミーは未来の王妃の叫び声に青褪めていた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る