第44話


 ぽたぽたと流れ落ちる大粒の涙をルーカスが丁寧に拭っていく。自分の容姿を知っていて、それでも愛してくれていたことが嬉しくて嬉しくて堪らないのに、セリーヌの不安はまだ消えてくれない。



「……っ、だけど……、それは私のことしか見たことが無かったからで……っ」



 セリーヌしか見えていなかったルーカスは雛鳥の刷り込みのように彼女を特別視していたけれど、実際に他の令嬢に会ってしまったらその刷り込みは消えて無くなってしまうのではないか。セリーヌはそれが恐ろしかった。するとルーカスは困ったように眉を寄せ、口を開いた。



「ごめんね、セリーヌの気分を害するかもしれないけれど……」



 そう前置きしてルーカスは目が見えるようになったこの一週間に起きた出来事を説明した。



 ルーカスの呪いが解けたことは未だに伏せられており王族と一部の大臣たちしか知り得ない。だが、それでもその大臣たちは自分の娘や親戚の娘をルーカスの婚約者に宛がおうとひっきりなしに面会させてきたという。大臣たちは高位貴族であり、その娘たちはセリーヌも交流のある美しい令嬢ばかりだった。



「ほんと……っ、辛い時間だった。セリーヌに会いたくて会いたくてそればかり考えていた」



「彼女たちに……その、見惚れることは無かったのですか?」



「まさか、有り得ない」



「でも」



「僕にとってセリーヌだけが可愛いんだ」



「そんなこと……」



 セリーヌの不安はなかなか消えてくれない。ルーカスは優しく微笑むとセリーヌを抱き寄せた。



「僕の言葉を信じられなくてもいい」



「ですが」



 セリーヌだって本当は信じたい。彼の言葉を手放しで喜びたい。それなのに勝手に心がブレーキを掛けてしまう。



「セリーヌが不安になる暇も無いくらい、伝えるよ。僕がどれほど君を愛していて、どれほど可愛く想っているか。だから」



 ルーカスはセリーヌの手を取り、彼女の前で跪くと縋るような目で見つめた。

 




「セリーヌ、頼むからステファンや他の男の所に行かないでほしい。どうか僕の婚約者でいてほしい」



 セリーヌは最初のプロポーズの時と同じく頷いて返事をした。違ったのは彼女の表情がとても晴れやかな笑顔だったこと。沢山の不安はあるけれど、少しの自信も無いけれど、それでも彼の隣に立つことだけがセリーヌの望みだったのだから。



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