第42話
「……セリーヌ」
ルーカスはいつも余裕があってセリーヌばかり翻弄されてきた。なのでこんな風に疲れ果てている彼も、所在無く目を伏せる彼も見たことは無かった。そしていつもなら遠慮なくセリーヌにベタベタと触れてくる癖に今日は触れること無く節度ある距離を取ってベッドサイドに置かれている椅子に腰かけた。そのことがなぜか堪らなく息苦しくさせる。
「ルーカス様」
「体調は?まだ辛い?」
ルーカスの方が余程体調が悪そうなのにセリーヌを心底心配している顔でそう問われた。セリーヌが首を振り「もう大丈夫です」と答えると漸く表情を緩め頷いている。
「すぐお伺いせず申し訳ありません」
「いや……」
飄々としている彼はどこに行ってしまったのだろうか。言葉を探し黙り込んでしまったルーカスを見て、セリーヌは焦りが募り、想いが纏まらないまま口を開いた。
「……ステファン様が来られました」
「……っ、ああ。聞いている」
「ステファン様はこれまで酷い態度を取っていた理由を話されて、婚約者に戻って欲しいと仰って。お父様は私の好きなようにして良いと……ルーカス様?」
セリーヌの纏まらない話を聞きながらルーカスは露骨に顔を歪めた。違う、そんな顔をさせたいのでは無い。セリーヌはいつもより少し距離を取って座る彼の手を取った。
「……私は、自分の気持ちがよく分からなくて」
「……ああ」
「だけど、触れて欲しいと想うのはルーカス様だけで」
「……っ」
「わ、私の姿を見て失望させてしまったかもしれないけれど……っ、それでも隣に立ちたいと願ってしまうのはルーカス様だけで、ひゃっ!」
ぽつりぽつりと想うままに話していくと急にぎゅうぎゅうときつく抱き締められた。胸が高鳴り、久しぶりに触れる彼の熱にぐちゃぐちゃだった心がほろほろと癒されていく。
「……失望って」
「へ?」
「失望させたって何?」
頭の上から投げ掛けられた、初めて聴く彼のムッとした声にセリーヌは戸惑いながら説明した。
「私の容姿が悪いからルーカス様をがっかりさせてしま……」
「がっかりなんてしない」
「ですが、他のご令嬢と比べたら……」
「セリーヌが一番可愛い」
「それはルーカス様がまだ他のご令嬢と会ってないからそう言えるのです」
「違う」
「ですが」
「可愛い、セリーヌだけが可愛いよ」
きっぱりとそう言うルーカスにセリーヌは何も言えなくなってしまう。だがセリーヌだって自分の考えを変えることは無い。長い間、自分の容姿を貶されてきたセリーヌは自分が選ばれること等無いと信じ込んでいる。
一方ルーカスはセリーヌの表情を見て、全く自分の想いが伝わっていないことに気付く。ステファンの言葉が彼女の心を此処まで蝕んでいたことを知り愕然としてしまう。愛する婚約者を散々傷付けたステファンへの怒りと、彼女へ想いが伝わらないもどかしさが募っていく。
「ああ、こんなことならもっと早く伝えておけば良かった」
「ルーカス様?」
「セリーヌ、ずっと伝えていなかったことがあって」
「はい」
「伝えるのが遅くなってごめんね」
「……?」
「あのね、目が見えない間もセリーヌだけはずっと見えていたんだ」
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