第36話
今日も今日とてルーカスの護衛達はお喋りで忙しい。
「やばいな……」
「ああ」
「やばすぎる……」
「もう殿下限界だろ」
「殿下可哀想……」
「いやいや可哀想じゃねーよ」
「だってあんなに落ち込んで」
「執務にも手が付かないみたいだし」
「いや、だから」
「いい大人が婚約者に一週間会えないだけであんなに落ち込む方が可笑しいっつーの!」
扉の前でざわつく護衛達にダミアンは頭を抱える。最近の彼らは声を潜めることを忘れがちだ、そろそろまたお仕置きしないと、と頭を巡らせていると屍が目に入った。職務中に無駄話をしている彼らも悪いが、この屍……ルーカスが一番悪い。
二十年以上彼を苦しめた呪いから解放され、目が見えるようになったことは王宮の中でも一部しか知らされていない極秘情報だ。いつこの情報を解禁するのか、様々な調整が行われルーカスの周りは落ち着かない。また見えるようになったことでこれまで以上の執務が舞い込んでいる。それなのに。
「……セリーヌが足りない」
「無駄口叩いてないでさっさと書類の山を片付けて下さい」
ダミアンの非情な言葉に反応せず、ルーカスは机に突っ伏して項垂れたままだ。
呪いが解けたあの日以降、ルーカスはセリーヌに会えていない。セリーヌの体調不良が続いているからだ。ルーカスは何度も見舞いに行かせてほしいと頼んでいるが、優秀な侍女ジェイミーよりルーカスが無理に見舞いに来たせいでセリーヌが体調を崩したのだと、見舞いを断固拒否されている。セリーヌに会えないルーカスはすっかり屍と化していたのだ。
「殿下、さっさと終わらせておかないとセリーヌ様がお元気になられてもお会いできませんよ」
「……分かっている」
この一週間、毎日毎日「明日は会えるだろうか」と幼子のように期待し、セリーヌに会う時間を作るために何とか執務に励んでいた。だが、こうも会えない日が続くと流石に心が折れてしまう。
「殿下、あと少し終わらせたらセリーヌ様へ贈られる花を選びに行きましょうか」
「ああ」
セリーヌへの見舞いの花とメッセージカードは護衛達に託して届けて貰っている。会えない時間の中で、花を選ぶ時間と彼女への言葉を綴る時間だけが、ルーカスを慰める時間となっていた。小さく息を吐き、うんざりした顔のまま執務を再開する主を見て、ダミアンは漸く胸を撫で下ろした。
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