第35話
ルーカスの胸の中に閉じ込められたセリーヌは上手く働かない頭で自身の手を彼の背中に回しても良いものか迷っていた。散々悩み、手を伸ばそうと決めた瞬間、彼の身体がぴくりと動いた。
「……ルーカス様?」
ルーカスはセリーヌを抱き締めていた手を緩め、辺りをきょろきょろと見渡し暫く黙り込んだ。自分の両手を見つめ握ったり開いたりしている。セリーヌの視線には気付かないまま、その奇行とも言える行動は続いた。何より、いつも微笑んでいるばかりで、他の表情を見せない彼が瞳を揺らし驚いている様子がセリーヌを不安にさせた。
「あ、あの……」
「セリーヌ」
「はい」
「……見えている」
「……へ?」
「目が見えている……呪いが解けたようだ」
ルーカスは何度も辺りを見渡し、初めて見る色や形、そのどれもに目を奪われているようだ。驚きの余り、戸惑いを隠せないのはルーカスだけでは無い。喜ばなければいけない、祝わなくてはならない、そう思うのに喉が絞まり言葉にならなかった。静寂の時間は随分と長く感じられた。
◇◇◇◇
「まだ、調子が戻りませんね」
あの後、きっかり十五分経つとジェイミーが入室し、ルーカスを文字通り追い出した。呪いが解けたことをルーカスから聞いても大して興味も示さず、寧ろ真っ青になっているセリーヌの顔色を見て激怒し彼を追い立てた。ルーカスの帰り際、セリーヌは辛うじて呪いが解けたことへの祝いの言葉を告げることができたが、すぐジェイミーが追い出したために彼の返事は聞けなかった。
「寒くありませんか?」
ジェイミーの言葉にセリーヌは首を振った。眉尻を下げたジェイミーはセリーヌの顔を覗き込む。体調が悪くとも王宮に行こうとする、自身を顧みない主が大人しくベッドで休んでいるので酷く落ち着かないようだ。
「殿下のせいですよ。セリーヌ様が体調を崩しているのに無理に押し入ってくるなんて」
今にも地団駄を踏みそうなほどジェイミーは悔しそうに憤慨している。「やっぱり十五分は長かった」「無理をさせて許せない」とぶつぶつ呟く侍女をセリーヌは苦笑いで制した。
「殿下は悪くないのよ、それにジェイミーの言った時間通り帰られたじゃない」
「ですが」
「殿下が来る前から起き上がっていたからいけなかったの……ジェイミー、少し休むわね」
強引に話を終え、目を閉じる。ジェイミーに言葉を飲み込ませてしまった罪悪感で胸が痛む。だが、ルーカスとの今後への不安でいっぱいで平静を保つことなどできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます