第26話
セリーヌはジェイミーから受け取ったバスケットをいそいそと開く。王宮の最高級スイーツとは違い、控えめな甘い香りが広がり、少々歪な形のクッキーが顔を覗かせた。焦げる一歩手前の濃い茶色が所々見えておりとても綺麗な仕上がりとは言えない。
「……ルーカス様、あまり見た目が良くなくて」
「見えないから気にならないよ」
「ですが……」
「それに、上手くいったんだろう?」
「う……」
「セリーヌの声が弾んでるから」
そう、ルーカスの言う通りだ。本来なら王族であるルーカスの前に出すには躊躇う代物だ。だが、真っ黒な墨を山のように作り出したセリーヌにとっては、このクッキーは宝物のようでついつい胸を高鳴らせてしまった。
「ルーカス様がいつも口にしている物より、ずっと美味しくないと思います。ですが……」
「うん?」
「ルーカス様に食べてほしくて」
「ふふっ、勿論食べたいな。セリーヌ、食べさせて?」
「へっ?」
ルーカスの甘い言葉にセリーヌは淑女らしからぬ声を漏らした。可笑しそうにくすくすと笑う目の前の王子は「早くしないとジェイミーが迎えに来ちゃうよ?」と揶揄うように焦らせてくる。
「うぅ……」
目の前の王子様は口を開けて待つ姿さえ麗しい。セリーヌは顔どころか首まで真っ赤にさせて震える手でルーカスの口へぎりぎりクッキーと呼べる代物を入れた。
「……どうでしょうか?」
「とっても美味しいよ」
セリーヌもクッキーの偽物の欠片を口にする。甘さより苦味が勝ってしまっており、とても美味しいと表現できる物ではない。
「……ルーカス様、流石にそれは嘘ですわ」
セリーヌが眉を寄せ小さく抗議すると、ルーカスは可笑しそうに笑いセリーヌの手に自身の手を重ねた。
「セリーヌが火傷してまで作ってくれたと思うと胸がいっぱいで、美味しくて堪らないんだ」
「……っ」
甘い言葉と共にルーカスはセリーヌの手に口づけを落とした。それだけでも鼓動が早くなり硬直しているセリーヌへ満足そうに笑うと「本当はここにしたいんだけど」と指でセリーヌの唇をなぞる。
「ル、ルーカスさま……」
「……そんな可愛い声出されちゃうと我慢できないのだけど」
ルーカスの美しい顔がセリーヌに近付いてくる。どうしようもなくなってセリーヌはぎゅっと目を瞑った。彼の熱が確かに間近にあることが感じられ、胸の音が煩い。もう触れてしまう、と思った瞬間。
「セリーヌ様!!!帰りますよ!!!」
体育会系侍女ジェイミーが飛び込んできて、セリーヌもルーカスも飛び上がって離れた。ほっと胸を撫で下ろすセリーヌとは対照的に苦い顔をしているルーカスを護衛達は扉の影から深く同情していた。
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