第15話



 翌日。



「セリーヌ、いらっしゃい。」



 毎日会っているというのに、ルーカスはいつも心底嬉しそうに迎えてくれる。


 セリーヌがぎこちなく甘い歓迎に応えていると、ルーカスの後ろに控えているダミアンがセリーヌの手をじっと見ている。セリーヌは堪らず、口の前に人差し指を立て『何も言わないで』とジェスチャーで伝えると、ダミアンもセリーヌの気持ちを察したようで神妙な顔で頷いた。



「セリーヌ、行こうか。」



「はい。」



 こんなこと思ってはいけないけれど、今日ばかりは殿下の目が見えなくて助かった。そう心の中で呟き、セリーヌが小さく息を吐いた時。






「殿下!!そっちはお尻です!!」




 セリーヌの叫びが離宮中に響く。ルーカスの婚約者になって二週間。ルーカスが優雅にエスコートする日はまだまだ遠い。






◇◇◇◇




「ところで。」



 応接室に入ると、ルーカスは当たり前のようにセリーヌの隣に腰を下ろした。ルーカスは徐ろにセリーヌの手を取り、指に巻かれた包帯を触った。



「これはどうしたの?」



「ど、どうして……。」



 優しい声色だが、逃さないとルーカスのオーラが語っていた。ルーカスが心配されることは分かっていた。だからダミアンにも黙っていて欲しいことをルーカスに気付かれないように伝えたというのに。




「部屋までエスコートしようと僕がセリーヌのお尻を触ってしまった時、セリーヌは僕の体を押したでしょう。」



「え、ええ。」



 本当に間違ってなのかどうか、セリーヌは内心首を傾げた。



「いつもなら僕の手を抓るのに可笑しいなって思ったんだ。手を触れられたくないのかなって。」



「そんな些細な事で……。」



「些細な事なんかじゃないよ。セリーヌの事は全て大事だから。」



 ルーカスの甘い言葉にセリーヌは胸が苦しくなる。顔を赤く染め上げるセリーヌとは対称的にルーカスの眉間には深い皺が刻まれた。



「まさか、誰かに酷いことを……?」



「ち、違います!」



「では、どうして?」



 あまりに情けなくて出来れば隠しておきたかったが、ルーカスの心配する顔を見てセリーヌは恥を忍んで包帯の理由を伝えた。



「ルーカス様に……。」



「え?」



「本当はルーカス様にクッキーを作りたくて……お仕事もお忙しいようですから何か私に出来る事したかったんです。だけど上手くいかなくて……ごめんなさい。」



 言葉にすると不甲斐無い気持ちが溢れて目に涙が滲んだ。ルーカスは呆れてしまっただろうか。駄目なところを見つけて、いつかセリーヌのことを嫌になるだろうか。幼い頃あんなに優しかったステファンが、いつの間にかセリーヌを毛嫌いしていたように。



 

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