第13話





「それでは殿下、失礼しますね。」



 いつもよりも早い時間にセリーヌはルーカスの離宮をお暇することになった。お茶の途中、ルーカスの従者ダミアンから急な仕事が入ったと声が掛かったからだ。



「殿下?」




「……っ、ルーカス、さま。」



 名前を呼ばれ満足そうに頷くルーカスは、セリーヌを引き寄せた。



「ル、ルーカス様!」



「帰ってほしくないなぁ。」



 セリーヌの焦る声に動じることなく、ルーカスはセリーヌを抱きしめた腕を緩めようとしない。抱きしめる力は強くなっていく。



「また明日も会えますのに……。」



「明日まで待てない。」



「……っ!お仕事!お仕事があるのでしょう?早くお戻りにならないと……」



「やだ。」



「やだって……。」



 子どものように愚図るルーカスに、セリーヌがほとほと困っているとダミアンが助け舟を出した。



「今日は天気も悪いですから、早めにお帰りになられた方が安心かと思いますよ。」



 ルーカスは大きな溜息をついた後、腕を緩めセリーヌを離した。



「そうだな。セリーヌ、帰り道は気を付けてほしい。本当は僕が送りたいくらいなんだ。」



 セリーヌは呆れて目をぱちくりとさせた。気を付けて、なんて言っているが今のセリーヌには公爵家の護衛だけでなくルーカスが付けた護衛がたっぷりいるのだ。セリーヌが気を付けることなど何もない程だ。それにルーカスがセリーヌを送ってしまえば、それだけルーカスの時間が削られてしまい、セリーヌが早めに帰宅する意味が無くなってしまう。



 ルーカスの前ではついつい可愛げのないことばかり口にしてしまうセリーヌだが、ぐっと堪えた。ルーカスのどの言葉も行動もセリーヌを想ってのことだと分かっているからだ。




「ちゃんと気を付けて帰りますわ。」



「ああ。」



 嬉しそうに甘く頷く婚約者に、セリーヌは翻弄されながら熱くなった顔を帰りの馬車の中で必死に冷ますのだった。

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