第11話



 セリーヌと初めて会った十年前、ステファンは彼女に一目惚れした。いつも嫌味を言っていた、小さな目も、ソバカスも、赤毛も、全てを愛しく思っていた。ステファンが王子だからと言って、他の令嬢達のように媚び諂うことの無いところもセリーヌを想う理由の一つだった。



「ステファンさま!ほら、あのお花!」



 セリーヌは幼い頃から花が好きで、王宮に遊びに来ると庭に咲いている花を喜んで見ていた。花を愛でる彼女は、いつも美しかった。



 他の令嬢達には見向きもせずセリーヌのことばかり見ていたステファンは、彼女を気に入っているのは自分だけでは無いことにすぐ気付いた。兄のルーカスもまたセリーヌを気に入っている、と。


 ステファンはすぐに父親へセリーヌとの婚約を強請った。公爵家との強い繋がりを求めていた国王は了承し、公爵家へ打診してくれた後ステファンとセリーヌの婚約が決まった。



 兄へセリーヌとの婚約を伝えると、すぐ「おめでとう、ステファン。」と笑って祝福された。



 (本当はおめでとう、なんて思っていない癖に。)



 あの時の兄の笑った顔を思い出す度に腹立たしい気持ちが蘇る。その頃から、聡明で優等生な兄のことをステファンは嫌っていた。



 ステファンは王位を望んでいた訳では無い。セリーヌと結婚し、公爵家に婿に入ることに抵抗は無かった。むしろ、嫌いな兄と離れる為に王宮を出たいとすら思っていた。



 王子教育、武道、語学……あらゆる面でステファンが兄に勝ることは無かった。勿論ステファンだって努力を重ねていた。だが、兄の方がより努力家だったのだ。目が見えない中でそれらを身に付けることがどれほど困難か、幼心に感じていた。



 周りの大人たちは、兄では無くステファンが王位を継承するのだと思い込んでいた。彼らはステファンの前では媚び諂うのに、裏では目の見えない兄より無能な自分を嘲笑っていた。ステファンの怒りは大人たちでは無く、兄へ向かった。







「ステファンさま。たまにはルーカスさまも一緒に遊びませんか?」



 そうセリーヌに提案される度、ステファンは恐ろしくなった。何かと言い訳を付けてはセリーヌを兄から遠ざけた。セリーヌが素直に受け入れてくれると、ホッとしている筈なのに気持ちは晴れなかった。



 また、幾ら遠ざけようとも公の場で顔を合わせることはある。セリーヌも兄も適切な距離感で他愛ない言葉を交わしているだけだ。そう分かっているのに、どうしようもない焦りが身体中を埋め尽くした。


 


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