第10話



 父親の執務室から自室へ戻る間、ステファンは不機嫌な顔を隠そうともせずズカズカと大股で廊下を進んでいく。使用人や王宮文官たちは怯えたように道を譲る。護衛や従者を半ば無理矢理追い出すと、ステファンは漸く一人になった。



 バタンと大きな音を立てドアを閉めると、堪えていた怒りが噴き出し床に置いてある塵箱を蹴り飛ばした。



「チッ……」



 大きな舌打ちは、広すぎる部屋に響いた。セリーヌとの婚約が解消されたあの日から、ステファンは毎日父親の元へ行き、セリーヌを自分の婚約者に戻してほしいと懇願した。セリーヌへの態度を改めると何度も誓った。しかし、父親が首を縦に振ることは無かった。




 窓際に立つと、遠くに兄の暮らす離宮が見える。その庭でセリーヌとルーカスがお茶をしている様子が嫌でも目に入る。何を話しているかなんて聞こえる訳がないが、二人の空気が温かいことは遠く離れていても伝わってくる。



「俺の時は……。」



 つい口から言葉が漏れ出て、ステファンは慌てて頭を振った。しかし、不満はもくもくと膨らんでいく。



 セリーヌがステファンの婚約者だった頃、セリーヌがステファンの元に来るのは週一回の定例の茶会の時だけだった。それが今は毎日のようにルーカスと過ごしている。



 セリーヌがステファンの婚約者だった頃、セリーヌはステファンに笑いかけることもなければ、自分から話しかけることは無かった。それが今はルーカスと笑い合い、会話を楽しんでいる。




 ステファンは理解している。セリーヌが渋々ステファンに会いに来ていたのも、セリーヌが笑いかけてくれないことも、自分の言動が原因であることを。それでもステファンは、セリーヌとルーカスへの恨みを募らせていた。








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