第9話
中庭から室内に戻ると応接室へ通される。またしても温かく美味しい紅茶を淹れてもらい、セリーヌは有難く口をつけた。何故だか、向かいの席ではなく隣に座ったルーカスの行動を不思議に思いつつもセリーヌはあまり気にしていなかった。目が見えないルーカスは、距離感が近いことが多い。それにこのソファは四人掛けであり、ルーカスも一人分は席を空けて座っていたため、セリーヌは隣に座った理由を尋ねることはしなかった。
「ところでセリーヌ。」
「はい。」
「どうして、名前で呼んでくれないの?あの日は呼んでくれたのに。」
あの日、というのはセリーヌがルーカスの婚約者をなった日のことだ。セリーヌは思い出し、恥ずかしさから顔を熱くさせた。
「あの日は……動転しておりましたし、久しぶりにお会いした殿下を見て幼い頃を思い出し、ついお名前で呼んでしまったのです。」
「ふうん。でもさ、ステファンのことは名前で呼んでいたよね。」
ルーカスはセリーヌとの間に空いていた一人分の場所へ移動すると、セリーヌの肩を引き寄せた。
「で、殿下……。流石にこの距離は……。」
話すたびに息がかかってしまう程、顔の距離が近くセリーヌは全身に熱が駆け巡るのを感じた。
「セリーヌが名前で呼んでくれるまで離さないよ。それとも……。」
それまでいつものように笑っていたのに、ルーカスの顔が曇った。それを見たセリーヌは胸がぎゅっと掴まれたように痛くなった。
「ステファンのことが忘れられない?」
「ち、違います!……ルーカス、さま。」
ステファンと婚約解消となった後、落ち込んだり恨んだりすることなく過ごせているのはルーカスのおかげだ。毎日会おうとするのも、きっとセリーヌを気に掛けてのことだろう。セリーヌが消えそうなほど小さく囁いた名前を聞いた途端、ルーカスはぱぁっと花が咲いたように笑い、ぎゅうぎゅうとセリーヌを抱きしめた。
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