第8話



 一週間後。セリーヌはルーカスが暮らしている離宮を訪れた。婚約が結ばれてからセリーヌとルーカスは毎日のように会っている。「婚約者と親交を深めたいんだ。」というルーカスの言葉にセリーヌは首を捻った。



 最初はルーカスがセリーヌの暮らす公爵家に来るものだから、公爵家の使用人たちは第一王子へのもてなしをすることへの重圧に震えていた。そのため、セリーヌがルーカスを訪ねることにしたのだ。



 今日は天気が良く中庭の東屋でお茶をすることになった。ステファンとの定例の茶会では、あまり味のしなかった王宮の最高級の紅茶とスイーツだが、今はしっかり味わうことができている。




「殿下は、とんだ嘘つきですわ。」



 フルーツタルトを平らげた後、不満いっぱいの声で呟くがルーカスはにこりとその美しい顔で笑った。



「嘘つきって?」




「私、もう次はないってお伝えしましたのに。」



 じっとりとした視線でセリーヌはルーカスを見つめる。セリーヌの婚約者がステファンからルーカスに代わったあの日、確かにそう伝えてルーカスだって頷いたというのに、その後もエスコートの度に腰ではなくてお尻に手を添えられている。今日だって東屋に行こうとエスコートする時にお尻に手を添えられ、またしてもルーカスの手を抓った。



「ごめんね。エスコートするのはセリーヌが初めてで上手く距離が掴めなくて。」



「うっ……。」



 そう悲しそうに言われてしまえば、セリーヌもあまりくどくど言えなくなってしまう。実際、幼い頃からセリーヌという婚約者がいたステファンはエスコートし慣れているが、ルーカスにはずっと婚約者はいなかった。エスコートするタイミングなどなかっただろう。




「私が殿下の手を誘導するのはどうしても駄目ですの?」


 セリーヌはあれから何度かそう提案していた。セリーヌがルーカスの手を取り自身の腰へ添えることは、少々不格好になるが決してマナー違反ではない。



「だめ。婚約者を美しくエスコートしたいんだ。」



 その度にお尻を触られていては、美しいどころではないとセリーヌは口を尖らせる。しかしルーカスは気にした素振りは無く、周りをきょろきょろとした後口を開いた。



「セリーヌ。少し風が出てきたみたいだ。中へ入ろうか。」



「はい。」



 そうするとルーカスはスムーズな動作でエスコートしようとする。それがあまりに優雅な動きなものだから、セリーヌはいつもエスコート直前にはつい忘れてしまうのだ。







「殿下!!そっちはお尻です!!」




 セリーヌの声が離宮中に響く。グイっとルーカスの手を抓ると「ごめんごめん。」と漸く腰に手を添えた。こんな王子と公爵令嬢とは思えないやり取りも、ルーカスの使用人たちは一週間ですっかり慣れてしまっていた。ルーカスの後ろに控えていたダミアンは呆れたように小さく息を吐いた。



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