第4話

 その夜、俺とあかりさんは伯父の車で寝覚めの床へ向かった。


「じゃあな。頑張ってこいよ~」

「何だよ。手伝ってくれないのかよ……」


「俺は、弱い! だからお前に朱ちゃんを紹介したんだ」


 あまりにも堂々と戦力外宣言をする伯父に、俺は苦笑いした。


 その後、なぜか伯父は「朱ちゃんにいいところ見せるチャンスだろ。しっかり、な」と、俺に耳打ちしてからウインクをした。


 どういうことだ。俺が朱さんに惚れたなんて、誰にも伝えたことはない。だから、伯父が知っているはずないんだけど。


 困惑する俺の顔を見て、伯父は噴き出した。


「顔に書いてあるぜ。まあ、頑張れよ」


 伯父に手を振られながら、俺と朱さんは川の方へと岩を降りた。


 朱さんがコウを川に放すと、甲の姿は水底に消え、間もなく手漕ぎ舟が浮かび上がった。舟には、逞しい体の船頭が一人乗っている。


「かつてワタクシの父は、この舟で太郎様を竜宮城へお連れしたそうです」


 船頭の方から甲の声が聞こえた。


「甲? まさか、おまえ——」

「ここに」

 甲は船頭の頭の上にいた。別に甲が逞しい船頭に化けたとか、そういうことじゃなかった。


「この船頭は?」


「この者は舟幽霊ふなゆうれい。死してなお、海への憧れを抱き続けて舟を走らせる屈強な人間の亡霊でございます」


 甲に紹介されると、顔を白い布で隠した船頭は軽く会釈をした。


柄杓ひしゃくはいらねえ。乗りな。竜宮まで連れてってやるよ」


「柄杓?」

「舟幽霊に柄杓を渡すと、その柄杓で舟に水を入れられて沈められるって伝説があるんだ」


 亡霊だけど恨みは抱えていない屈強な海の男の伝わりづらいジョークを朱さんに解説しつつ、俺達は舟に乗り込んだ。


「で、どうする。川から海に下るのか?」


「かつて太郎様をお連れした時、舟幽霊は何日も舟を走らせました。なぜなら太郎様は、竜宮城とは無縁の人間だったからでございます」


 突然、舟が川底に向けて傾き始めた。


「おい!」


「ご安心を。竜宮城は海の底にある訳ではございません。あれは、水の底にある異界なのです。一度人が足を踏み入れれば、その者の血筋の人間も竜宮城との縁が結ばれます。縁さえ結ばれていれば、異界に迷い込むのは簡単でございますよ」


 船首は川底をすり抜けた。


 舟は空気の層で覆われている。その層の外側には、どこまでも続く青い海と、色とりどりのサンゴが輝く海底が広がっていた。


「わぁ」


 朱さんが感嘆の声をあげた。頭にクラゲを乗せたままなのに、思わず俺は彼女を目で追ってしまう。


「綺麗。でも、不思議ね。私、時々綺麗な海の夢を見る事があったの。ここの景色、その夢にそっくり」


「朱様と竜宮城との縁が、この景色を見せたのでしょうなぁ」


 甲の言葉で気が付いた。朱さんの便箋には、海の生き物のイラストがあしらわれていた。きっと、彼女は夢の中で見たこの景色に憧れていたんだ。


 本当は、危険だから連れて来たくなかった。でも、こんな事がなければ、彼女はこの場所を訪れることもなかったんだろうな。


 ふと視線を向けた先で、違和感を覚えた。


 サンゴが抉れ、一筋の道ができている。それは真っすぐに、前方に見える城の方へとのびていた。おそらくあの城が竜宮城だろう。でも、海を泳ぐ生き物に、道は必要なのか?


「お気付きになられましたか」


 緊張した声で、甲が呟く。


「あの道は、侵略者が通った跡です」


 その時、城のすぐ近くの山が動いた


 いや、山じゃない。あれは……。


輝飛あきと様、奴です! 奴が、このサンゴに覆われた美しい異界、竜宮城を荒らす侵略者【オニヒトデの妖】です」

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