第3話

「ワタクシは、ウミガメのコウと申します。現在、竜宮城は巨大な妖に襲われるという、未曽有の危機に瀕しておりまして……」


 小さな体からは想像できないバリトンボイスで、甲は事情を話し始めた。


「『あの妖は、浦島様に渡したアレでないと倒せない』と、乙姫様はおっしゃいました。そこで、ワタクシの父を救った英雄、浦島太郎様に乙姫様が渡したアレを返していただく為、こうして参上した次第でございます」


「よく浦島太郎がここへ来たって分かったな」


「はい。浦島様に渡したアレ、玉手箱には、現代で言う発信機を付けていたのでございます」


「……ごめんなさい。私のご先祖様、玉手箱を開けてから川に落してしまったみたいです」


 朱さんが悪い訳じゃないのに、彼女は深く頭を下げた。でも、まだかぶさったままのクラゲは、頭を下げても取れなかった。


「存じております。川の底で、朽ちた箱を見つけました。しかし、玉手箱を介して太郎様の命を救えたのであれば、我々は嬉しく思います」


「玉手箱に浦島太郎が命を救われた?」


「左様でございます。玉手箱は、開けた者の生命力を枯れさせる竜宮城の秘宝。対妖の最終防衛兵器だったのでございます」


「もし、それを人間が開けたらどうなる?」


「瞬く間に爺や婆になるでしょうな」


 絶句する俺達を見て、甲は首をかしげた。


「はて? 開けてはならないと、乙姫様が念押ししましたので、太郎様は箱を正しく使い、妖に箱を開けさせたと認識しておりましたが」


「そんな兵器渡すな! というか、なんで最終防衛兵器が設置式の罠なんだよ」


「『竜宮城の秘宝をお渡しいたします。だからどうか命だけは』という体で、侵略者に渡すのでございますよ」


「尚更なんで浦島太郎に渡した? 恩人なんだよな?」


「あの頃の竜宮城には外敵がおりませんでしたので、『太郎さんにあげて役立ててもらった方がいいかな』と、乙姫様が……」


 深い溜息が出た。頭痛もする。


「正しく使われたかどうかはともかく、玉手箱はもうないぜ。それなのに、何で朱さんを竜宮城に喚ぼうとしてるんだよ」


「それは、『まさか、太郎様の子孫にまたカメを助けられるなんて。これも何かの縁。ぜひ、竜宮城へお越しください』と、乙姫様が」


「ありがた迷惑にも程があんだろ!」


 これには朱さんも驚いた様子だった。


「竜宮城は怖い妖に襲われてる最中なんだよね?」

 

「太郎様の子孫であれば、妖を何とかしてくれるのではないか、と。なので竜宮城へお越しいただこうという話になりまして」


「御礼のためじゃなかった!」

 俺が叫ぶと、「ははは。竜宮城をお救いいただけましたら、いくらでもお礼をさせていただきます」と、甲は愛想笑いした。


「ワタクシがお迎えにあがろうとしましたが、陸の上ではまたひっくり返ると思い、他の妖を使いとして向かわせました。しかし皆、陸に慣れておらず、酸欠のようになり、朱様の気を求めて縋り付いてしまったようです」


 また溜め息が出た。とっっても深いやつが。


「つまり、だ」

 伯父が何かを閃いたらしい。

「竜宮城に行って、侵略者の妖を追い払えば解決する問題だな」


 伯父はカッコつけているけど、実際に戦うのは俺だ。


「輝飛も、単純な方が助かるだろ」


「まあな。でも、当然お前らにも手伝ってもらうからな」


「もちろんでございます。ワタクシ達竜宮の妖は、命を懸けて城と乙姫様を守る所存でございます」


「ところで、竜宮城ってどうやって行くんだ? 絵本にあるとおり、海底までお前の背に乗って行く訳じゃないよな」


「左様、肺呼吸の方にも安心してお越しいただける方法がございます。しかし、その為には……」


 甲は言葉を切り、朱さんを見上げた。


「朱様にも来ていただかなくては」

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