第4話 マティーニ

ユキナ。ここら辺ではあんまり聞かない雰囲気の名前だな。古風な名前だ。

「あ、今変な名前だって思った?」

「え?いや、そんなことないですよ」

そんなことは無くも無いが、そんなに顔に出てただろうか。


「本当に?まぁ、結構古風な名前だもんね。

実はこれ、後で付けて貰った名前でさ、本当の名前は知らないんだ。私幼い頃の記憶が無くて、 親の顔も覚えてないんだ」

でもこの名前は気に入っている。と彼女は付け足す。


つとめて気さくに、さも気にしていないような口振くちぶりで話しているが、どこか寂しそうな声色こわいろ


「僕の名前はヒルンです。奇遇ですね。俺もここの皆に付けて貰った名前で、拾われの身なんです。ヒルンってユキナと同じくらい、良い名前でしょ?」

俺はこのバーが大好きだし、俺にとってここに来る人たちは家族のようなものだ。そんなバーに入って来たなら、彼女もその一員。となれば笑ってもらわないと。


ユキナはほんの一瞬の間に驚いたり涙ぐんだり、 嬉しそうにしたりと様々な表情を浮かべた。 人の複雑な事情にずかずかと踏み入ってしまったかもしれないが、俺がすべきと思ったことをしたまで。細かい事は気にしない。


「自己紹介も終わったところですし、せっかくバーに来たんですから飲みませんか?はい、ここどうぞ」

「ふふっ、ありがとう」

カウンター席に招き、隣に座る。


「何飲みます?俺のおすすめはマティーニ。

マスターのマティーニは格別なんですよ」

「いいね。一杯貰うよ」

「マスター、いつもの」


流石はマスター。一瞬で目の前にグラスが置かれる。このカクテル、マティーニはカクテルの王様といわれるお酒である。シンプルであるがゆえ、バーテンダーのこだわりと実力が現れる。ここのマスターのマティーニには、あるアレンジが施されているらしく他にはない深みがある。


これを飲む度、ここの法律が緩くて良かったと思う。そう、この国では飲酒は十六歳から可能なのだ。親の監督の元だとかの規制は多少あるけど。俺は十六だし、大丈夫。


ユキナがグラスに口をつけ、歓喜と驚きの顔をする。自分の店でも、自分が作ったものでもないのになんだか誇らしく、嬉しくなる。 


俺は酒を交えた会話は大切だと思っている。

時間をかけてでじっくり話すと色々知れる事があるし、他愛のないことでも他人との関わりは楽しいものだ。


俺の目の前にいる彼女も例外ではない。今はとても満足そうにグラスを手にしている。グラスを持つ右手の人差し指には、、、指輪?何かのロゴらしきものがかたどられている、銀色に輝く印象的な指輪だ。


「これ、気になる?」

少し照れくさそうに俺を見ながら言う。見すぎてしまったか。

「あっ、ごめんなさい」


「いいよ。教えてあげる」

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