脱走:3

「何だ…揺れて」

「じ、地震!?」

 壁、床、天井。全方位に亀裂が走った。

「…震奮、お前にゃ少々荷が重くねえか?」

「どうかしたの?」

「ん?あーそうか。系糸は震奮の刃術を知らねえのか。んじゃ教えて――」

 ビルの揺れがいよいよ激しくなり、紅亡は始めようとした説明を取り消した。倒壊してもダメージは特にないが、兵団の残党が襲いかかってくるのはほぼ確実。瓦礫に埋もれて脱出に手間取ろうものなら、まだ未熟な系糸の命が危ないのだ。

「おし、走るぞ」

「何で?」

「下じゃ敵が集まってくんだよ。逃げんなら――」

「ちょっ…え?」

 系糸の腕を掴み、紅亡は低姿勢で走り始めた。

「上だ」

「うわッ!」

 あまりの速度に、系糸が宙に浮き始める。天井からは粉が落ちてきて、壁の亀裂は更に増えていた。

「っぱ、どこまで行っても先が見えやしねェ。外から見りゃ窓は合ったんだが、内側からは何一つそんなもんはねェんだよな…」

「人が吹き飛びかけてる最中に分析始めないでよ!てか、仮に壁があって、頭ぶつけたらどうするの?」

「安心しろ、頭が潰れる程度じゃ刃血鬼は死なねェ。血刃で切られたら全然お陀仏だけどな」

 話している間にも、刻一刻とビルは限界に近づきつつある。

「そろそろ壊れるかねェ…!」

 最早ビルの命は風前の灯火、床が割れ始めた直後。

 ドドドドドド!!

 紅亡の予想は的中し、ビルは轟音を立てて崩壊した。

「今だ、飛ぶぞ!」

 外の景色が見えた途端、ほんの少し踏み込んで跳び上がる紅亡。長い長い助走と、刃血鬼の身体能力によって生まれる跳躍力は半端ではなく、重力に逆らうように軽々と空中へと飛び出して行った。

「落ち…ッ」

「安心しろ、掴んでりゃ落ちねえよ。あとは悠々と高みの見物…違ェや、逃走するだけだ」

 ―――

「で、逃げ帰ったわけだな」

 腰に手を当て、足を組み座っている心做。

「悪いかよ。つか、単独で深紅亡なんざ挑もうなんて思わねえよ」

 一方の紅亡はあぐらをかき、偉そうな態度を取っていた。

(うう…肩身が狭い)

 本来なら[鳴亡兵団]と関わる理由は無い。系糸は、自分の責任だと思い、部屋の隅で縮こまっていた。

「お前はそれでも罪狩りか?実力的に、数人は裁けただろう?」

「仕事してねえわけじゃねえよ。実際三人は殺したし、そん中には兵団の頭領も混じってた。むしろ両手を上げて称えるべきだろ」

「…頭領だと?」

 心做の目の色が変わる。

「それは質の悪い冗談か?」

「工鳴七と名乗る奴を二回ぶっ殺した。どうせコピーとかいるんだろうがな」

 ぼさぼさの髪を掻き、淡々と紅亡は述べる。

「お前は俺より遥かに強え。各個撃破でもなんとかなるだろ?」

「…ねぇ」

 話が終わったタイミングで、系糸が口を開いた。

「あ?どうした系糸」

「工鳴七って、五亡家って何?」

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