「あんなんズルでしょ」

「んー、あんましスコアは下げたくなかったんだが」

 工鳴七は、既に死んでいた。

「ま、刃術も分かってなかったんだ。むしろ僥倖だったと言うべきかねェ」

(僥倖…?人の死を?)

 確かに面倒事になる事は避けられ、そのうえ助けられてすらいる。しかし、倫理や道徳的な観点で言えば、その言動は決して褒められたものではない。それこそ、一般常識の通りに生きてきた系糸にはそれが間違っていることのように感じたのだ。

「おっと、引いちまったか。つってもな…こっちじゃこれが常識なんだよ」

「常識って言っても、流石に…」

「殺人が許可されてる国で「人殺しをやめろ!」なんて言っても通じねえだろ?文句言うなら政府に言えって感じだ。もっとも、こっちの政府は神だし、文句言えるならとっくに言ってるわな」

「…鬼神府か」

 やはり名前からして神が、それも鬼神が治めているのだろう。その割には無法地帯ではあるのだが。

「御名答。さて、ここらで説教は終わり。めんどくせえ乱入者が来たようなんでな」

「よく分かったねぇ、ギャンブラー」

 拍手しながら近づいてきたのは。

「あ?これはこれは、工鳴七さんじゃあねえか」

「どうだい?私の影武者の性能は。なかなかのものだろう?」

「なるほどな。偽物の語句もてめェから引き出された物か。ペラペラとよく喋りやがる」

 初対面時、影武者とも繰り広げられた舌戦が再発してしまった。

「影武者のトリックは分かるかい?あぁ、当然だがギャンブルは無しだ」

「どーせ影武者の能力が「外見を変化させる」とかだったんじゃねえのか?」

「残念。君達には分からないかな、どのみち」

 工鳴七が煽りつつ、胸元から血刃を取り出す。

「教えてやる義理もない。幸い、君達は両方とも五亡家。嬲りはするけど殺しはしないよ、安心したまえ」

 微笑む工鳴七の背後には、薄暗いオーラがあった。

「下がってろ系糸!今のお前じゃ…」

 言い終わるより早く、工鳴七は系糸に飛びかかった。

 ―――

「…あ、えーと…ここどこだっけ」

 血走は、近くのビルの屋上に落下していた。

「確か、一人殺った後、爆発に巻き込まれて…ん?」

 彼女は、自身の周辺を濡らす、大量の血液に気がついた。

「あちゃー。この惨状じゃ、襲われたらひとたまりもないね」

 震える手で口元を拭い、血が流れるのを感じながら横たわる。

「あんなんズルでしょ、私にあれを引き抜く勇気は無いよ」

 独り言を繰り返す。というのも通常、血刃は持ち主が死ぬと消失するのだが、目標に刺さっていたものはそのまま残り続けていた。すなわち、特殊な性質でもない限り、あの血刃は外部の何者かが刺していたものなのだ。

「んっ…あ、無理だ」

 立ち上がろうとするも、手に力が入らない。思考できるギリギリの血液しか残っていないため、刃術すら使用できない。陸に上がった魚はこんな物だろうと血走は思った。

「…さーん!いますかー!」

 聞き覚えのある声。

(赤亡くん?いや、もう喋れないんだけど)

 最後に聞こえたのは、ビルの倒壊音だった。

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