「プリック」
「——あぁ、いたいた。ラルカディ君、ちょっといいかい?」
御前選定戦がクルトの優勝で終わり、特にやることもなくなった俺は寮に戻ろうしたところで、前に生徒指導室で会った教師に呼び止められた。
「伝えておかないといけない大事なことがあるんだけど、その前にまず——。ラルカディ君、さっき……どこに行こうとしてたんだい?」
「どこって……寮に戻ろうとしただけだ」
「——そうか、ひとまず安心したよ。ケガをさせた生徒に追い打ちをかける……なんて言い出さなくて良かった」
「それをわざわざ言ったってことは、俺にそうさせたいのか? アンタは」
なかなか本題を話さない態度にイラつき語尾が強くなる。
「いや、まさか。ただ……君なら言いかねないと思っただけだよ。それはそうと、君はもう寮に戻れないよ」
「————は?」
何の脈略もなく放たれた「寮に戻れない」の一言に、俺は聞き返した。
「戻れない——ってなんだよ。ぶっ壊れたとかそんな理由か?」
「いや? 寮は壊れてないし、同じ寮に住んでいるリック君は戻れる。……君だけだよ」
やや声のトーンを落として言われたその言葉に、嫌な予感が肌を撫でていく。
——まさか、退学になったのか?
その嫌な予感は、時を待たずして教師の口から的中していると告げられた。
「君は今日限りで騎士学園の生徒じゃなくなる。理由は……言わなくても分かるだろう? そういう訳だから、君は今後、寮及び学園の施設は使えなくなるよ」
その言葉と共に「はい、これね」と、俺の部屋に置いてあったはずの剣が差し出された。
父親に貰った、手によく馴染んだ剣。——それが今、とてつもなく重く感じる。
「——他にも……荷物があったはずだろ。それはどうするつもりだ」
「それは学園側で処分するから君は気にしなくていい。——あぁ、着替えは必要か。その恰好のままいられるのは困るしね。……私が話を通して寮には立ち寄れるようにしておくから、今日中に制服は返してくれ」
その要求に二つ返事で返し、この場を離れるべく歩き出した。
思い入れも無ければ、心残りもない。
そもそも、俺はただ強くなるためだけに学園に来たのだから、去れと言われれば去るだけだ。学園に留まり続ける理由などない。
「——本当に、学園辞めるの? ユーリス君」
コロッセオから離れようと教師の脇を通り過ぎた時、不意にかけられたその声に俺は足を止めた。同じ寮生として一緒にいる事が多かったプリック——。
だが、コイツとも、もう顔を合わせることはないだろう。
「……じゃあ、私の用は済んだから失礼するよ。ラルカディ君、今日中に制服を返すこと。忘れないように」
プリックが現れた途端、逃げるように去っていった教師に疑問を抱きながらも、背を向けていたプリックに向き合った。
「用件があるならさっさと済ませろ。プリック」
「つれないなぁ……、よく一緒にいた仲だったのに。まぁ、君らしいって言えば君らしいけどね」
リックが一言、前置きをして俺を見据える。だが、プリックはこんな奴じゃ無かったはずだ。
軽口を叩くことも、話し相手と視線を合わせることも、普段のプリックはしない。
「何か気付いたような顔してるね。ユーリス君」
「——当たり前だ。普段のお前と違うところが目立ち過ぎてる。お前、プリックじゃないだろ」
そう言うとプリックは不気味に口角を上げ、目にかかった前髪を払った。
「たしかに今までは猫を被ってたからね。でも安心してよ、操られてるわけじゃないから。僕は僕だよ。——そう、ユーリス君が学園から居なくなるように先生に言ったのも……僕」
「……つまり、全部お前のせいだと。そういうことか」
「……そう! ぜーんぶ僕のせい。だって、君が騎士団に所属するのは勿体ないからね!」
「その豹変ぶりには驚いたが……気弱なお前が教師を騙すことなんて出来ないだろ。あの教師もグルか?」
「いや? あの人を利用はしたけど僕たちの『仲間』じゃない。無関係だね」
やけに「仲間」という言葉を強調したリックは、嬉しそうに俺を見た。
「ねぇ、ユーリス君。君も僕と同じように、神魔教団に入りなよ——」
——コロッセオの薄暗い通路の中、狂気に満ちた笑みを浮かべたリックが、悪魔のように囁いた。
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