越えられない壁




 圧倒的な力量差、それによる絶望や恐怖の感情。

 少し前に「大したことない」と思った存在が急成長を遂げ、追いつかれるどころか飛び越えられた感覚。そのことへの嫉妬と羨望。


「覚悟は……できているだろう」


 そのクルトの声が聞こえなければ、俺はずっと感情に囚われたままだっただろう。


「なに勝った気でいるんだよ……ッ。お前は一度負けてんだろうが……!」

「今は、違う。——君は確かに強かった。強さだけで騎士団長になれるかが決まるのなら、間違いなく君が第一候補だっただろう。でも、君はもう最強じゃない」


 クルトがそう言って、聖剣を俺に向けて合図を送るように掲げた。

 それを見た聖霊が呼応し、突如として何もない空間に現れた大量の水が、激流となって俺へと向かってくる。


「は——ッ⁉」


 襲い掛かってくるその激流に俺は反応できず、身構えることもなくその攻撃を受けた。


 意識が飛びそうなほどの衝撃と共に俺の身体を打ち、水に押し流されていく——。


 そうして今度は俺が壁に叩きつけられ、膝をついた。


「……君の負けだ。ユーリス」


 その言葉と共に、膝をつき俯いた俺の顔の前に聖剣の切っ先が向けられる。


「負けた——? 俺が……お前に……?」


 そんなわけがない。俺の意識ははっきりとしてる。まだ戦えるのだから負けてなどいない。


 ——だが、俺の意思に反して体は全く動こうとしない。


 勝てないとおもってしまったから。今もクルトの後ろに浮いている聖霊に、覚醒したクルトに勝てないと——そう、思ってしまった。


 さっき、クルトは剣を掲げただけだ。

 だが、それだけの行為で、俺が全力で放った突きと同じことをした。

 自分の全力を、剣すら振らずに放てる相手にどうやって勝てばいい——。


「——ッざけんなよ‼ 俺が負けるわけないだろ‼ 俺は——俺が……ッ‼」

 

 ありえない。あっていいはずがない。

 俺の十年間の努力が、困難が、聖剣なんぞに否定されていいはずがない。

 魔物に復讐してやると決めたんだ。俺が騎士団長になって、騎士団を一から作り直してやると言ったんだ。

 こんな所で、聖剣を覚醒させただけの雑魚相手に負けていいはずがない。


「俺は……努力してきてんだよッ‼ 聖剣に選ばれただけのお前とは違う‼ 毎日、寝る時間すら削ってずっと……ッ‼ それをお前みたいな……才能に恵まれただけのヤツに、超えられるわけねぇだろうがッ‼」

「——だけど、君は負けた。……確かに君は努力をしてきたんだろう。それこそ強くなるために。だから僕は言っていたんだ……騎士は人を守るのが義務だと」


 まだ試合は終わってなく、勝者も決まっていない。それなのにクルトは聖剣をしまった。


「強くなることは悪いことじゃない。だけど、強くなっても意味がない。守りたいものが、守るべきものがあってこその強さだ。君にはそれがない」


 俯く俺に諭すように話しかけながら、クルトは片膝をつきしゃがんだ。


 ——その態度すらも俺の怒りを助長させていく。


「……なら、弱くてもいいってのか⁉ そんなわけないだろうが‼ 力が無かったら、弱いままじゃ——何も守れねぇんだよッ‼ 守りたいものがあったって、守れるくらいの強さが無きゃ意味ねぇだろうがッ‼」

「——あぁ、そうだな。……だから、君はもう——僕には勝てない」


 目が血走り、それにさえ反論をしようとした俺を無視してクルトは立ち去った。

 

 ——立ち去る直前に「今回の試合、君の暴挙は見なかったことにしておくよ」と残して。


「——勝者クルト! クルト・パースキン!」


 審判が勝者を告げ、試合が完全に終わった。


 ——終わってしまった。俺の怒りも、屈辱も、悔しさも、全部を置き去りにして。


「————ッ‼ クソがあぁぁぁッ‼」

 

 絶叫し、拳から血が出てることも気にせず地面を殴り続ける。

 殴って、殴って、声の限り叫び——また殴る。悔しさが、怒りがそうさせる。



 ——だが、俺の怒号は、クルトを称える割れんばかりの歓声にあっけなく掻き消された。

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