あの時




 もはや自分がどこにいるのかも曖昧になった意識の中で、目の前にいる目障りな存在にただ剣を振るった。切り払い、飛び退き——攻撃を躱しては反撃していく。

 そんな、もう何度目かも分からない繰り返しの中で……俺はふと思った。


 ——なぜ、俺は聖剣が使えないのかと。

 

 聖剣は使い手がマナを宿していないと、聖剣としての効果を発揮しない。

 仮に、使い手が聖霊に認められたとしても、マナが無ければ普通より斬れる剣にしかならない。


 そして、残念なことに俺の身体にはマナなど存在しない。


 だからこそ、俺はひたすら努力することで聖剣を超えようとした。

 無い物を嘆いても、その事実が変わることはないのだから、それに代わる強さを身に着けようとして。


 ——だが、もし。


 もし、俺の身体にマナが宿っていたのなら……あの時、魔物から逃げずに済んだのだろうか。

 幼いが故に手も足も出ず、魔物が村を蹂躙していくのをただ見つめていることしか出来なかったあの日、俺が聖剣を使えたら。


 ——そこまで考えて、俺はその考えを否定した。


「…………下らない」


 あの時、聖剣を使えなかったからこそ今の自分がいるのであり、村を滅ぼされたからこそ、魔物に復讐しようと思ったんだ。

 ひたすら素振りを繰り返し、剣を極め、今の強さを身に着けたのだ。

 それこそ、聖剣の使い手すら凌駕するほどの強さを。


「所詮——お前は、聖剣に選ばれただけの一般人だ。人の上に立つ器も、それだけの実力もない。雑魚に担ぎ上げられてるだけの、中身のない空き箱だ」

「君のその、他の人を見下した発言にはウンザリだ。もう、付き合いきれない。——そろそろ、終わりにさせてもらうよ」


 そう言って、クルトは青く光り輝く聖剣を俺に突き付けた。


「次の一撃で、君を倒す。……その後で皆に謝らせるからな」

「そうだな。俺も次の一撃で終わらせる。——遊びはお終いだ。ぶっ殺してやる」


 互いに口上を交わし、剣を構え、睨み合う。

 そうして睨み合った先、目障りな憎い顔を見て、勝ちを確信した。

 反吐が出るほどの甘さを、まだクルトが抱えていたから。


「お前は俺に勝てねえよ——!」


 足に力を込めて踏み込み、姿が霞むほどの速さでクルトの懐に潜り込む。

 その速さに驚愕し、目を見開くクルト。完全に虚を突き、確実に攻撃が入る状況。

 そうして無防備なクルトの胸を穿つ——ことは出来ずとも、驚異的な速度で繰り出された突きは、クルトの身体を弾き飛ばし、壁へと激突させた。


「——がはッ!」


 闘技場と観客席を隔てる壁に激突し、吐血したクルトを一瞥する。だが、それを見ても感じるのは虚無感だけだ。

 あれだけ目障りに感じて、本気で殺してやると思ったのに……、今は何も感じない。


 殺すのであれば、壁に激突して気を失った今は絶好のチャンスだ。今持っている木剣で頭をかち割れば簡単に殺せる。


「——結局、その程度か」


 だが、クルトの頭の近くに剣を突き立てたものの、俺はなぜかそうしなかった。

 それ以上に、押し寄せてくる喪失感のようなもので頭の中が埋め尽くされ、それ以外何も感じない。

 これで俺が騎士団長になれるという実感も、やはりクルトより俺の方が強かったという自信も……。

 全てが他人事のように感じて、ただただ虚しいだけだ。


 ——いや、違う。

 

 この虚無感も、喪失感のようなものも、全て俺が期待していたからだ。

 俺は心のどこかで思っていたんだろう。聖剣の使い手ならば……クルトならば、この世界に蔓延る魔物を全て殲滅できるかもしれないと。

 人の限界を超えた聖剣の力をもってすれば、魔物を絶滅させることも夢じゃないと。

 だが、そんな希望は、奇しくも俺自身で否定したわけだ。力不足だと。


「——おい、審判。いつまで呆けてんだよ。もう決着はついただろうが」

「——! あ、あぁ……」


 壁に打ち付けられたクルトに踵を返し、審判に告げる。

 今の俺ですら敵わないような魔物など、この世界には何百といる。

 そんな世界で全てを守るつもりなのに、俺程度に勝てないようじゃ話にならない。

 

 そんな感傷に浸っている中で、審判が勝者を告げようと息を大きく吸った時——、

 突然、背後で突風が巻き起こり、巨大な威圧感を感じた。


「——ッ⁉ 何が起こってる⁉」


 その威圧感に弾かれるように体が動き、後ろへと振り返った。

 突然感じた巨大なプレッシャーの正体を探るように、目を凝らす。


「——言ったはずだ。君に謝罪させるまで……僕は負けるつもりは無いと」


 目に見えない、感じることしか出来ない力の濁流が、クルトから出ている。

 強く、押し流されそうだと感じるほどのプレッシャーに顔を腕で覆った。


「お前……まだ奥の手を隠してたのかよ……ッ!」

「奥の手じゃない。——自分でも驚いてるよ。まさか、君のおかげで覚醒できるなんてね」


 押し流されそうなほどの力の奔流がその強さをどこまでも高めていく。

 覚醒——クルトが放ったその言葉が真実であることを証明するように。


「聖剣に宿った聖霊は本来の姿じゃない。ほとんどの力を抑え、小さくなってやっと聖剣の中に納まることが出来る。だから、聖剣なんて言われても聖霊の力を発揮することはほとんど出来なかった。……今まではね」

「それを……俺が手伝ってやったと……。そう言いたいのか、お前は」

「……そういうことになるな。感謝するよ、ユーリス。君のおかげだ」


 そう言い、クルトが自分の胸に剣を掲げる——「剣誓」の構えをとった。

 直後、クルトの背後に、いつか見た青色の小さな生命体が現れる。それが膝を抱えて丸くなったかと思えば、一つの水玉へと姿を変え、徐々に大きくなっていく。


「見せてあげるよ、アリスの真の姿を。せめてもの礼として……」


 クルトのその声を合図にしていたかのように、巨大な水玉がはじけて聖霊の真の姿が現れた。

 

 水に揺蕩うように揺らめく青色の髪、それと同じように宙に浮いている羽衣。

 身に纏っている衣装には派手な装飾が一つもないのに、一目で神々しさを感じる装い。

 

 ——その神々しい姿を、俺はただ眺めることしか出来なかった。

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