迷い
「とりあえず、一段落したか」
剣に付いた血を振り払い、鞘に戻しながら周囲を確認する。
さっきまで三十匹ほどいたゴブリンは足元に転がり、新たな魔物の気配も感じられない。となればやることは死体処理だが——今の俺はそんな気分じゃなかった。
「——何をやってるんだ。俺は……」
家の壁に寄り掛かってふと、そんな言葉が思わず漏れた。
学園を謹慎処分になって、そのことで落ち込んでいた果てが村の防衛とは。シラに乗せられた結果とはいえ、今日の俺は意味のない行動ばかりしている。
「俺は——最強にならなきゃいけないんだろうが」
——この世界に蔓延る魔物に復讐するために。
そう決意したはずだ。魔物を一匹残らず皆殺しにすると。どんな魔物であろうと嬲り殺せるくらい強くなろうと。そのために学園に来たはずだ。
——だが、さっきゴブリンを殺した時も、目の前でグロウハウンドが倒れた時も、俺は復讐心なんて少しも抱いていなかった。
むしろ、殺すための言い訳として「村を守るため」などと考えていたくらいだ。
「俺の復讐心はその程度だったのか……?」
自分の心に問いかければ、帰ってくるのは「そんなはずはない」の一言。
——そうだ、決して魔物が憎くなくなったわけでは無い。
今も魔物を憎んでいる。ハズなのに——いざ魔物を殺そうとした時、頭の中で言い訳を考えるのは何なんだ。
言い訳なんか要らないだろ。魔物に復讐しているだけなのだから。
「——ちょっとなにー? きみって復讐とか考えてる危ない人だったの……って、何この死体の数⁉」
「ゴブリン三十匹だ」
「……それを聞いたわけじゃないんだけど」
「——そんなことはどうでもいい。何で家から出てきたんだ」
足元に転がっているゴブリンの死体を覗き込んで、「うわ、ほんとにゴブリンだ」などと呟いているシラにそう聞いた。
「外に出て独りぼっちのきみが、さびしい思いをしてるんじゃないかなーと思って……って言うのは冗談で、そろそろ王都に戻ろうと思って」
——本当に、この女は。
いちいち会話の中で冗談を言わないと死ぬのか? と聞きたいくらいに冗談を言ってくる頻度が多い。
「……なら、さっさと帰るぞ」
「うん。——あ、でもその前にさっきの教えてよ」
「……は? さっきの?」
「——そ。復讐がどうのこうのってやつ」
おそらく、理由を聞いているのだろう。
なぜ復讐をしようとしているのか? その理由を聞かれているハズ。
——だが、コイツに教えてやる義理など全くない。
俺がなぜ復讐しようと思ったかをシラが知ったところで、事態が動く訳でもなく、ましてや復讐したいのは俺の個人的な理由だ。
それを言ったところで、聞いた本人も困惑するだけだろう。
「——たいしたことじゃない。魔物に復讐しようと思ってるだけだ」
「それは知ってるのー。そうじゃなくて、なんで復讐しようとしてるのか聞いてるんですけどー?」
案の定、理由を聞いてくるシラを無視して王都への道のりを歩き出した。
が、シラはその俺の後ろを小動物のようにチョロチョロと動き回って、言うつもりのない俺にさっきと同じ質問を繰り返してくる。
——俺が話さないということは分かっているハズだろうに、何を考えているんだこの女は。
「ねー、話してくれるまでずっと聞き続けるよ。いいの? 嫌だよね? ウザいもんね。だから早く話した方がいいんじゃない?」
「——黙れ。だいたい、何でそうまでして聞きたいんだ」
しつこく質問を繰り返すシラに、俺は歩いていた足を止めて振り返った。
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