一段落



「本当に……感謝してもしきれません。ありがとうございます」

「——俺は何もしていないって言っただろ。勝手に死んだだけだ」

「それでも、あなたがこの村のために王都から来てくださったのは事実です。本当に、ありがとうございます」

「————チッ」


 あの後、村に戻る道中にシラを助け、こうして村の人間に報告をしている訳だが。

 俺が問題を解決したわけじゃないというのに、感謝してくる村人たちの考えが理解できない。


「もー、きみは感謝も素直に受け取れないわけ? 舌打ちなんかしちゃってさぁ」

「……黙れ。俺は、俺がやってないことで感謝されるのが嫌いなんだよ」

「——じゃあ、さっき助けてもらったのも感謝しなくていいってことだよね!」

「あれは俺が助けてやっただろうが……‼」


 結局、シラはあの後普通に動けるようになった。特に怪我を負ったわけでもなく、平然としている。

——それは、俺が食われる前に助けてやったからに他ならないが。


 それを無かったことにしようとするとは中々、図太い性格だろう。


「そんな怒んないでよー。ちゃんとわかってるから。私を囮にしたことも! 助けてくれたことも」

「この——ッ!」

「ま、まぁまぁ——。もう夜も遅いことですし、よければ泊っていきませんか? あまり豪華なもてなしは出来ませんがな」

「いや、俺はこのまま王都に戻る」


 俺は村長らしき男の誘いを、何のためらいもなく断った。と同時にその場にいた者が——主にシラが驚きで目を丸くしていた。


「——はい⁉ せっかく誘ってもらったのに断るの⁉」

「当たり前だ。俺らにもてなしをするくらいなら、自分たちの力だけで生きていけるようにしろ」


 加えて、今回俺は何かをしたわけじゃない。しいて言えば、この村に来るまでの道中でゴブリンを屠った程度。それがリタを村に送り届ける形にはなったが、俺の目的はあくまでグロウハウンドを討伐する事。感謝されるほどのことじゃない。


 それを大げさに言って感謝されるのは正直、気持ちが悪くてしかたない。


「そうは言いましてもな……。このまま恩人を返しては今後、胸を張って生きられませんのでな」


 自分達のことを優先しろ——と、そう言えば大人しく引き下がると思ったが、なかなか食い下がられる。

——こいつらは、無理やりにでも他人に感謝しないと死ぬのか? と聞きたくなるほどに。


「——あ。それならさ、ご飯だけご馳走になればいいじゃん!」


 ふと、思いついたようにそう言ったシラの一言に村人が賛成する。


「おい……! 俺は良いなんて言ってないからな⁉」

 

そんな俺の叫びも空しく、村人たちによって強制的に家の中へと案内された。


   ◇


 大勢で食卓を囲む——という行為は、俺にとって縁遠いものだった。


 最後に経験したのは子供の頃。その時の記憶はほとんど覚えていない。ただ薄っすらと、楽しいものであったような記憶が残っているだけ。

 そんな、記憶の彼方にある光景が目の前に広がっている——ハズなのだが。


「——チッ」


 王都を出るときに持って来た秘蔵の酒とやらを四、五人で回し飲みしながら大笑いする老人共。その輪の中に入って同じように笑い声を上げるシラ。


 そいつら全員に聞こえるように舌打ちをするも、俺のことなど視界にすら入っていないと言わんばかりに全員無反応だ。


 一応——グロウハウンドは倒れて一件落着したわけだが、この村はそれで安堵していい場合じゃない。そもそも、マテリアルが無くなったから窮地に陥ったというのに、肝心のマテリアル不足は解決していないままだ。


 そんな状況でこんな大騒ぎをしていたら——いや、していなくとも魔物が寄ってくるのは必然。

 案の定、窓から外を覗けばゴブリンの姿が見えている。


「——? もう帰るつもりなの? 早くない?」


 席を立った俺にシラがそう聞いてくる。——ゴブリンに囲まれている事を知らないのかコイツは。だいたい、なんで俺より楽しんでやがるんだ。


「——外の空気を吸いに行くだけだ。付いてくるな」


 内心で悪態をつきながら、ゴブリンが近づいている事に気付かれないように言う。


 ——警戒を怠っているのは事実だが、わざわざそれを伝えて足手まといを増やす必要はない。


「あっそー。いってらっしゃーい」


 興味なさげにそう言うシラに、お前は別だろうが——という文句を呑み込み外へと出る。

 途端に静寂が訪れ、冷たい風が肌を打つ。

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