陰謀の予感


「……ようやく、姿を見せたな。魔物風情が」


 シラを捕食しようとしたグロウハウンドの鼻先に体を滑り込ませ、寸でのところでシラの身を守ることに成功した。


「——おい、歩けるなら早く村に戻ってろ」


 後ろに視線を向け、倒れ込んだままのシラにそう声をかける。 だが、シラは目を見開き口をパクパクさせるだけで一向に動こうとしない。


 ——おそらく腰が抜けたのだろう。


 元々教会に居たのであれば、魔物くらい見慣れているはずだが。


「——本当、何しに来たんだよ。アンタ」


 動けないシラにそう吐き捨て、再び視線を魔物に戻し剣を構える。


『グルルル——‼』


 攻撃を防いだ俺の存在に気付いたグロウハウンドが、頭を低くし威嚇した。


 改めて対峙するとかなりデカい。頭だけでも人一人くらい簡単に丸呑みしそうなデカさだ。

 ——それでも記憶の中のグロウハウンドよりは心なしか小さく見えた。


「——あの時はまだ俺もガキだったからか」


 剣を抜き体の正面に構え、戦闘態勢を取る。


 ——だが、違和感を覚えるのは何故だろうか。


 体長の大きさ、気性の荒さ、体色、他様々な特徴。これらが子供の時に見た個体と違うのは当然だ。魔物にも個体差というものはある。

 それが違和感となっているのだろうか。


 ——いや、違う。そういった違和感の類ではない。


 何か見落としている時と同じ感覚だ。嚙み合わない、腑に落ちない、何かしらが足りていない、そんな違和感。


「——だが、それも全部討伐すれば済むはな——し……」


 そこまで言って俺は目を丸くした。


「——は?」


 家族を殺した魔物と同系の魔物であるグロウハウンド。


 そんな気分の高鳴る相手に、これから討伐しようと気合を入れ直して、グロウハウンドを見据えた時——。

 その巨体が何の予兆もなく、唐突に倒れたのだ。


「どうなってるんだよ……」


 自分の姿を見せずに攻撃をする手法としては魔法か遠距離武器による狙撃、もしくは罠くらいしかない。

 そのうち遠距離武器は、魔物に有効打を与えられるような代物ではなく、魔法に関してはこの付近に魔法を使える人間がいない。一応シラがいるが、回復魔法は攻撃に使えるような代物ではない。


 ——となれば残る選択肢は罠のみ。とはいえ罠が作動した形跡すら見られない。


「……毒か?」


 その可能性に思い当って一応警戒するも、やはり毒を使用した形跡も見つからない。

 そもそも、毒でグロウハウンドが死んだのであれば、先に俺の方が死ぬはずだ。

 同じ環境で毒に侵された時、体の小さい生物の方が毒の巡りが早い。


「……俺の邪魔をしやがって。——誰の仕業だ」


 ピクリとも動かなくなったグロウハウンドの死骸に触れる。

 当然のように脈は無く、生物特有の熱も感じられない。完全に死んでいる。

 そうは思いつつも一応、首を切り落とす。これで実は生きていたなんてこともなくなるはずだ。


 そうしてまた、死骸に触れているうちに異変に気が付いた。


「焦げている……?」


 さっき対峙した時は気づかなかったが、茶褐色の毛皮で覆われているグロウハウンドの半身が赤く焼け爛れている。


 ——つまりこの個体は、俺と対峙する前に何者かの手によって半身に火傷を負わされ、瀕死の状態だったという訳か。


「いや、それは無い……ハズだろ」


 だが、グロウハウンドは火に強い。

 おそらく、聖剣に宿った聖霊が生み出す炎だったとしても、火傷ひとつ負わないだろう。

 だが、火傷を負ったとしか思えない爛れたような傷痕だ。おまけに、火傷を負っていたのであれば、気性の荒いグロウハウンドが近くにあった村を襲わず、木が燃え出してから動き出したことにも説明はつく。


「——クソっ‼何も分からねぇ……‼」


 俺の知らないところで事が進んでいる。

 

 ——それに近い何かを感じて俺は地面を蹴った。


 なんとなく、俺には何もできない——と誰かに言われているような気して。

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