癪に障る存在





 無駄な時間というのは、自分の意志とは無関係に降りかかって来るものだ。

 しつこい輩に絡まれる、嫌なヤツと遭遇する、その他諸々—— 。

 こういうものは自分がどれだけ「無駄な時間を無くそう」と意識したところで、回避する術がない。


 その最たるものが「説教」だろう。

 相手の気が済むまで同じことで延々と自己を否定され、悪かったと認めようが認めまいが、かなりの時間を浪費する。


「—— はぁ、聞いていますか?ユーリス・ラルカディ君。君がしようとした事は騎士として恥ずべき行動ですよ」


 朝の騒動を誰かが教師に報告したのだろう。今はその、無駄な時間を作り出すことにおいて右に出る者は無い、説教の真っ最中—— という訳だ。


「聞くつもりは無い。騎士として恥ずべき行為をしたのはアイツの方だろうが」

「…… そうやって少し侮辱されただけで君はいちいち殺しにかかるんですか? もう少し大人になりなさい…… 」

「だから、さっきから何度も言ってるだろ。あれは殺そうとしたわけじゃない。軽く脅しただけだ」


 俺が自分の思っていることを言えば、わざとらしいため息をつきながら教師が注意をする—— さっきからこれの繰り返しだ。

 こんな中身のないやり取りだけで時刻が昼になっているのだから呆れるしかない。

 午前中丸々あれば、筋トレなり素振りなり、強くなるためのトレーニングが出来たというのに。 —— ため息をつきたいのは俺の方だ。


「さっきも言いましたが、彼はそのことについて反省してます。君も直接謝ってもらったでしょう? それなのに何が許せないというんですか」

「全部に決まっているだろ。俺を侮辱しようとした魂胆も、謝れば済むと思っている態度も、全部だ」

「——じゃあ、君は彼に何をして欲しいんですか。謝罪程度で済ませるなと言うのであれば……君は、何をしてもらえれば彼を許せるんです?」

「勘違いするなよ。俺はアイツに何かして欲しい訳じゃ無い。むしろ、謝られた方が余計に腹が立つ」


 それを言った途端、教師が「え?」と目を丸くしたが、俺は最初からそう言っていた。

 ただ、俺のことを侮辱したという行為は一切消えることなく俺の中に残る、というだけのこと。それを謝罪したところで無かったことには出来ないし、するつもりも無い—— というだけだ。


「…… えっと、じゃあ君も反省しているということでいいのかな?なら個別指導は終わりだけど—— 」

「反省?するわけないだろ。俺の行動のどこが間違っているというんだ」

「—— じゃあ君は、相手が少し気に食わないからと悪ふざけで言った言葉に対して、その言葉を言った人間は死んで当然だと言うのかい?」

「だから—— 殺そうとしたわけじゃない、峰打ちだ。いったい何度言えばわかる」


 俺がそういうとまた教師は頭を抱えてため息をついた。

 その後「君はまだクラスに戻れなさそうだね」なんて言ったせいで、無駄な時間がまた増えた。


 —— 結局、俺が授業に参加できるようになったのは午後の授業からだ。

 三時間程度しかない午後の授業—— から。


   ◇


 教室のドアより一回り大きい、修道場のドアを開ける。——と、今まさに授業が始まる直前だったのか、視線が一気に俺へと集まった。


 ここ、ボルガンド騎士学園の授業は午前と午後で大きく二種類に分かれている。午前中が座学、午後が実習といった具合。


 まず、午前中の座学においては兵法なんかを学ぶらしい。

 魔物の種類、生態。それに対する対抗手段、有効な攻撃。そして、それら魔物を相手にした時の基本的な戦術—— をやるそうだ。実際に受けていないから詳しいことは知らないが。


 そして次に実習。

 これは読んで字のごとくらしい。修道場という教室四個分くらいの広い部屋にて、座学で学んだ戦法なんかを鍛えるのがメイン。そして、俺がこの学園に来ようと思った理由の一つでもあったりする。


「さて—— 今日は対人戦闘についてだ。騎士団は魔物を相手にするだけじゃなく、都市の強盗やらも相手にしなきゃいかんからな。二人一組のペアを組んで—— の前に入口のお前! 早く入って来い!」


 やたらとデカい声で喋る教師が、俺を指さして手招きした。


 その言葉に従って教室の中ほどまで進み、生徒の集団へと混じろうとして—— 避けられた。そのせいで、俺を囲むように生徒の円が出来る。


「いや、まてお前。ぬるっと生徒の輪の中に入ろうとするんじゃない。その前にやることがあるだろうが」


 —— はて? と内心で首をひねった。俺が今この場でやることなんてあるのか?と。正直、心当たりが無さすぎて困惑せずにはいられない。

 見るからに脳筋の図体をした教師だが、まさか本当に脳みそが筋肉で出来ているんじゃないだろうな。


「やること、か…… あぁ、アンタの代わりに俺が授業をしろということか?」

「バカにしてんのか⁉ 謝罪に決まってんだろうが!」


 俺のにいきりたって、教師が怒鳴り声を上げ、午前中に散々聞かされた言葉を放つ。


 そんな教師に、俺は「お前もか…… 」と思いながら、ため息を吐くしかなかった。

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