ボルガンド王国



「—— 流石だね。小型の魔物とはいえ、一人で百体以上魔物を倒しておきながら息一つ切らしてないなんて」

「—— 誰だよ、お前」


 斬り捨てた魔物の残骸を一瞥し、寮に戻ろうとしたところで、背後から声を掛けられた。

 

 中性的な、声だけを聴けば男か女か判別できない声。


 その声に体が反応し、飛び退りながらそう聞いた。

 —— が、声の主は俺のそんな反応に驚く様子もなく、飄々と自己紹介を始めた。


「僕はプリック。君と同じ寮の住人だよ、ユーリス君。…… って、こんな所で呑気に喋ってる場合じゃないね。詳しい自己紹介は王都の防壁に入ってからにしようよ」


 そう言ってプリックと名乗った女のような男は「早く戻ろう。魔物がやって来る前に」と言って俺の腕を引っ張った。


  ◇


「——へぇ。じゃあ、あれは自殺したかったんじゃなくてトレーニングだったんだ。驚いたよ」

「なんで俺が自殺なんかしなきゃいけないんだ。バカバカしい」

「はは…… 。まぁ、確かにユーリス君の性格なら自殺はしなさそうだね」


 腕を引っ張られて王都の防壁内に戻ってきてすぐ、プリックが話の続きを再開した。

 コイツが言うには、俺と同じように騎士学園に入学した身であり、同じ寮生らしい。

 そもそも、寮を使っているのは俺たちだけで、他は王都に元々住んでいる奴だとか。


 —— 今更だが、王都や主要都市の周辺には、魔物が嫌う力を持った素材で作られた結晶が街灯として都市を一周している。「防壁」なんて言われるそれは、魔物への対抗手段としてよく使われたりする。というか使用用途はそれしかない。

 とはいえ、魔物が都市に襲撃してこない理由はそれだけではないのだが、少なくとも街灯の内側は魔物に襲撃される心配はない。

 少なからず魔物に対抗する手段はあるということだ。

 —— 決して多い訳ではないが。

 むしろ「マテリアル」と呼ばれるこの結晶による魔物への対抗は一般人には厳しい。希少性ゆえに価格がバカにならない。


「しっかし、まぁ…… 。本気で魔物を絶滅させようとしてるとは思わなかったなー」

「バカにしてるのか? 喧嘩を売るつもりなら買ってやるから、遠慮なく売って来いよ」

「いやいや、純粋に感動してるんだよ。聖剣も持ってない、良い意味で僕と同じ一般人が本気で魔物と戦ってるんだから。喧嘩を売るなんてとんでもない、むしろ憧れてるよ」


 現在時刻、午前六時と少し。

 日の出は既に過ぎたものの、まだ空は明るくなりきっていない。住民も大半がまだ寝ている頃だろう。


「憧れるのは勝手にすればいいが…… お前の見た目で一般人はどうなんだ」

「ちゃんと、正真正銘男だよ。女子に比べれば力だって強いし、多分男子の中でも割と上位に入れるんじゃないかな。ユーリス君には敵いそうにないけど…… 」

「その見た目で割と力があるのか。—— にしても…… なぁ」


 俺の肩の位置より少し低いところまでしかない身長。長い赤色の髪。そして、その女っぽい外見によく似合う高い声。

 俺の身長は同年代の男と比べて高い方だから、身長はさほど低くないのかもしれない。

 とはいえ、男にしては体が細すぎるし、髪も腰辺りまで伸びている。そして、その外見に違和感のない女声。

 ここまで男である特徴が皆無なコイツを男として見るのは難しい。「僕は男だよ」と言われたって無理なものは無理だ。


「僕も気にしてることだからあんまり言わないでよ…… 。その点、ユーリス君はいいよね。カッコいい銀髪、綺麗な黒い目、おまけに高身長。これだけでもカッコいいのに、首のところにある切り傷の後すらカッコよく見えるって。正直ズルい、ズル過ぎる」

「この傷は…… たしか、魔物につけられたやつだ。だいぶ昔の話だけどな」


 俺には、首の前側に傷がある。

 引き裂かれるように、首の右から同じく右頬の下あたりまで伸びたそれは、どんな魔物につけられたかも、何時つけられたかも忘れてしまった。

 ただ一つ確かなことは、何故か消えずに残り続けて、いつの間にか俺のトレンドマークみたいになった事だけ。思い入れも思い出も特にない。


「魔物…… 。もしかしてその傷が理由で魔物を絶滅させようとしてるの?」

「バカか、そんなわけないだろ。—— 俺が魔物を絶滅させたい理由は、家族を殺した魔物への復讐のついでだ」

「ついでで魔物を絶滅させようとしてるの?冗談キツいよ。他に理由あるでしょ。復讐のついでに魔物を絶滅させようとしてるなら…… 言葉悪くなるけどただのバカだと思うよ?」

「—— 他は何もない。俺が魔物を倒したい理由なんてそれだけだ」


 しつこく深堀しようとしてくるプリックにそう返すと、納得したのかしてないのか、はっきりしない態度で「そうかー」と反応するだけだった。


 そのまましばらく互いに無言で、早朝の王都を寮に向かって歩いていく。

 次第に店や住人が活動を再開して騒がしくなってきた王都の中で、さっきプリックに言われたことを考えてしまう。

 俺の手で魔物を絶滅させたい理由なんてもの、復讐のついででしかない。それだけだ。

 —— と思っているにも関わらず、何故か疑念に囚われている。

 もしかしたら、他に理由が何かあるのかもしれないと、そう考えてしまって仕方ない。

 そんなことを考えたところで意味はないというのに—— だ。


「—— お、やっと寮に着いた。もう眠くて足フラフラだよ」

「言っておくが、今日から学園の授業が始まるんだぞ。寝ている暇なんか無いからな」

「え⁉ …… どうしよう。ユーリス君のことを追いかけないで素直に寝ておけばよかったかな」

「—— 追いかける? お前、何時からあそこにいたんだよ」

「ん? 最初っからだけど? そんなことより、ボーっとしてないで早く朝ごはん食べに行こうよ」


 最初からいた—— とはつまり、最初からいたということか?

 魔物の気配だけで、人の気配など感じなかったあの時にもすでに居た、と—— ?


「存在感が無いのか…… それとも幽霊だったりするのか…… ?」


 そうは言ったものの、おそらく幽霊ではないだろう。存在感が限りなく薄いだけだが、幽霊に思えるほど衝撃的だった。

 —— 俺がプリックの気配を感じ取れなかったことが。

 とはいえ人に害をなすような奴には見えないが—— いずれにしろ穏やかじゃない。

 突然背後に立たれるというのは中々肝が冷える体験だ。


 そんなことを思いながら、俺もやけに重い扉を開けて一旦寮に戻った。


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