ボルガンド王国
俺の住むボルガンド王国は三つの主要都市と王都で構成されている。
巨大な港がある町、王国最大級の歓楽街——そして、俺の出身地でもある大都市「エンタル」だ。エンタルは、下手したら王都より発展している都市だったりもする。
しかし、他の主要都市には明確な「主要都市になり得る理由」があるのだがエンタルには残念ながらない。というのも、エンタルにはシンボル的なものが教会ぐらいしかないからだ。
「—— あの宗教都市に帰りたくないのは分かるがね。血眼になって『魔物をこの世から殲滅しましょう!』とか言う割に一向に動こうとしないあの連中と一緒に過ごしてたら、あたしゃ気が狂っちまうよ」
そのせいで、このばーさんのように「宗教都市」と皮肉を言われることも少なくない。
なにしろ、エンタルに住んでいるほとんどの人間が聖職者であり、そうじゃない人間もほとんどが宗教信者なのだ。体裁上の都合で大都市なんて呼ばれているらしいが、まさしく宗教都市でしかない。
—— とはいえ、エンタルに住んでいる人間が全員とち狂っているわけでは無いのが救いだ。一部の聖職者以外は割と普通に接してくる。
「ばーさんが何を言おうと俺に帰るつもりは無い。分かったら早く鍵をよこせ」
ついさっきから突然「お前は帰った方がいい」と言い出したばーさんに、部屋の鍵を渡すように催促した。—— が、相変わらず鍵が渡されることはない。
「人の話を聞くこともできないのかい?クソガキ。あたしゃ、お前が本気で「強くなりたい」と言ってると思ったから、学園に行くのは辞めとけと言ってやってんのさ」
「—— 意味が分からないな。そもそも、既に金を払い終わった俺が学園に行くことを止めさせようとするのはどういう了見だ。何も問題はないだろ」
度重なる「騎士学園には行くな」というばーさんの発言に苛立ち、一段低い声を出して威圧する。すると、ばーさんは諦めたように鍵を差し出してきた。
「…… 馬鹿はそう簡単に治らないかい。そこまで言うなら自分で味わってくるといい。お前が後悔してもあたしゃ知らないよ」
言われて差し出されたカギを無造作に受け取って、カギに書かれた102号室へと重たい足をひきずって向かう。幸いなことに、さっき入った正面玄関のすぐ近くの部屋らしい。
特に何も思うことなく部屋のドアを開け、荷物が入ったカバンを床にそのまま置いた。
「今日はもう寝るか」
ほとんど三日間歩き続けた足は既に限界で、ベッドに倒れこんだ今、動き出せそうにない。 —— 意外とベッドが軟らかいことも、起き上がれない理由の一つかもしれないが。
いずれにしろ今日はもう動けそうにない。
そう思って、夕日が差し込む部屋の中、着替えることもせず倒れ込んだ俺はベッドの上で目を閉じた。
◇
「—— さて」
月明かりしかない真夜中の暗闇の中、俺は一人、ランタンを持って王都の「外」に立っていた。
今この場所に俺以外の人の気配はない。というか普通の一般人であれば真夜中に王都の外へ、しかも一人で出て行くことなんてしないだろう。
している人間がいたとしたら自殺希望者くらいだ。もちろん、俺を除いて。
そんな場所になぜ一人で来ているのか。
それは、夕方に寝たせいで中途半端な時間に目が覚めてしまったから。
まぁ、夕方に寝てしまった挙句、夜中に目が覚めてしまったのは仕方ない。かといってもう一度寝れるわけでもなくここにいる。 —— だが、それはあくまで一部の理由に過ぎない。本当の理由は別にある。今より強くなるためだ。
そう、魔物を相手に修行することで、今より強くなるためにここにいる。
「—— 相変わらず、馬鹿みたいに数が多いな」
姿は見えていないものの、既に何百と感じ取れる魔物の気配に身の毛がよだつのを感じながら剣を構えた。
——ボルガンド王国。それは魔物の巣窟と言っても過言じゃない。
ボルガンド王国の国土自体は、3つの主要都市を直線で結ぶと出来上がる三角形程度だ。
その中心に王都があり、それぞれの都市は地下公道で結ばれている。 —— だがそれは、大陸のわずかな部分にしか過ぎない。
都市を結んだ三角形の南側には、だだっ広い森林が広がっている。その森林地帯の広さはおよそ国土の二倍程度らしい。確証が無いのは誰も確かめられない故だ。
つまりボルガンド王国というのは、広い大陸という魔物の巣窟の中にある小さな三角形ということになる。
冗談に聞こえるかもしれないが真面目な話、本当に魔物の巣窟と言うに相応しい。
事実、こうして王都や主要都市から一歩でも出れば、即座に魔物と遭遇することになるだろう。常に何百何千という魔物が互いの生存圏をかけて争っているのだ。
—— 街道というものが成立せず、「地下公道」というものが必要になるほどには、しょっちゅう争い合っている。
「—— ッ! これで十体目か。…… 流石にゴブリン程度じゃ相手にならないな」
—— そう。あまりに魔物の数が多すぎて、この国には有るべきものが無いのだ。
例えば、冒険者はこの国にはいない。
他の国では誰でもなれて、先人たちが残した財宝なんかを目当てに仲間と旅をする人間のことを冒険者と呼ぶらしいが。
この国で冒険者をやろうものなら即座に死ぬだろう。初級冒険者として冒険に出た瞬間、魔物の餌になっておしまいだ。
そもそも、この国だと先人の残した宝を探すなんてことにはならない。
世代に受け継がれるものは大抵都市の中にしか無ければ、無謀にも外に出た奴の遺品だって残りはしない。魔物に喰われて骨すら残らないだろう。
だが一応、「冒険者ギルド」なんてものはボルガンド王国にもある。
あるにはあるがただの酒場であり、一般人の社交の場であり、ただの「何でも屋」だ。
依頼を受けて魔物を討伐しに行く—— なんてことは絶対にしない。そんなことをすれば、二度と帰らぬ人となるのは火を見るより明らかだ。
そんな環境だからこそ、地下公道というものがこの国にはある。
とはいえ地下に作った道であり、地下に魔物がいないわけでもないため、かなり狭いが。
一般的な十人乗りの定期便の馬車が三台横に並んだら、道幅が埋まってしまう。それくらいに狭い。その上、薄暗く景色も変わらないのだから快適とは程遠い。
◇
「—— クソ、全然ダメだ。この程度じゃ最強なんて程遠い」
もう何十体目か分からない程に魔物を切捨て、それでもなお襲い掛かってくるゴブリンを切捨てた。
—— 最強になるしかない。
思うように動けないこの国で、自分の好きなように動くためには。
蔓延る魔物を一匹残らず殺して、絶滅させられるくらいの力が無ければ。
一撃で魔物を屠ることも、大量の魔物を一度に殲滅することも出来ない俺には、地道に一匹ずつ殺していくしかない。
「…… 今日はもう帰るか」
気づけば空が白み始め、もうすぐ日が昇ろうとしていた。
全く気にしていなかったが、戦い始めてから三時間くらい経過していたらしい。いつの間にかゴブリンやコボルトといった小型の魔物の残骸が山になっていた。
「ざっと百体近く…… これでも全然足りないな」
俺の目的は、あくまで家族を殺した魔物に復讐する事。—— だが、それをすれば魔物はいくらか減る訳であり、それは多くの人間にとって喜ばしいことにもなるはずだ。
誰だって—— 都市の外、空の下を自由に歩きたいと思ったことはあるだろう。とはいえ、それを達成するには途方もない数の魔物を殺し続けるしかないのだが。
だが、俺は本気でやろうと—— 本気で出来ると思っている。
俺は昔から、一つのことに執着することが多かった。他人が既に諦めたことでも一人だけで続けている、なんてことは多々あった。
—— 要するに意固地というやつなのだろう。俺の知ったことではないが。
途中で投げ出すのは俺のプライドが許さないというだけのことだ。
「—— 流石だね。小型の魔物とはいえ、一人で百体以上魔物を倒しておきながら息一つ切らしてないなんて」
「—— 誰だよ、お前」
斬り捨てた魔物の残骸を一瞥し、寮に戻ろうとしたところで、背後から声を掛けられた。
周囲の気配に意識を集中させていた俺の、不意をついた何者かが——。
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