ミーパール寮

「手続きはこれで終わりだよ。ボルガンド騎士学園、ミーパール寮へようこそ。…… 本当は歓迎なんかしたくないんだがね」

「ばーさんが何を言おうと既に金は払った。…… 俺は部屋へ行く」

「部屋の鍵を持たずに部屋へ行ってどうするつもりだい?」


 そう言われて振り返った先で、これ見よがしに鍵をちらつかせる老婆にイラっとする。俺をおちょくっているのか、中々に人を馬鹿にしている態度だ。許せん。


「…… だったら早く鍵を渡せ。俺は疲れてんだ」


 途中、気のいい御者に乗せてもらったとはいえ、その前日はずっと歩き続けていた。

 今は昼下がりの夕方だから、ほとんど三日間寝ていない。


「そりゃあ疲れてるのは当然さね。お前が前にいた孤児院の場所はエンタル大都市だろう?地下公道を歩いたら大の大人でも三日はかかる。おまけに孤児院の出身じゃ金も無いのが当たり前。よって定期馬車を使わずに歩いた、違うかい?」

「なかなか鋭いな。ばーさん」

「当り前さ。何年間、寮の管理者やってると思ってんだい」


 実を言えば、さっきまでそれなりの金は持っていた。だが、その金は今しがた寮の使用量ということで取られたばかりだ。おそらく馬車を使っていたら払えなくなっていただろう。

 孤児院のシスターはそれを知っていて「馬車には乗っちゃダメよ?」と口うるさく言ってきたのか。


「だが、一つ勘違いをしてる。たしかに金はないし、歩いてきたのも事実だが、王都まで歩いてきたのはトレーニングのため。要するに、俺がやりたくてやったことだ」

「…… やっぱり馬鹿だね、お前は。そんな見栄をはってどうするのさ」

「何とでも言え。だが、見栄を張った訳じゃない。事実だ」

「そこまで言うのならそういうことにしておいてやるさ…… 。入学試験の時に「俺は強くなるためにこの学園に来た」なんて言い出す頭の悪さに免じて。—— だが、お前はこの学園で学んでも強くはなれないよ」


 小声で付け加えられた「この学園で学んでも強くはなれない」という言葉は、俺を馬鹿にしている訳じゃ無い—— と感じた。

 老婆が言った言葉に、今まで言われてきた類の言葉のような侮蔑の意志は感じられない。 —— だが、その言葉は何故か俺を憐れんでいるような声色で放たれた。


「…… それは俺が既に強いから—— って訳じゃなさそうだな」

「おや、馬鹿にしては物分かりがいいじゃないか。その調子で頼むよ」


 さっきの神妙な雰囲気から一転して、一気に明るくなる。 —— やっぱり俺を馬鹿にしてんのか、このばーさん。

 その代わり様に、俺はさっき思った「バカにしている訳じゃない」と感じたことを後悔した。

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