ミーパール寮
ギイィ—— と、重苦しい音を立てる扉を開ける。
古すぎてイカれたのか、やけに重たい扉を開けた先に見えたのは、真紅のカーペットと長い廊下。その廊下に小さい扉が等間隔で並んでいる。
ここが今日から俺の家か—— なんてことを思いながら周囲を見渡す。
もっとオンボロかと思っていたが、そこまで古く感じられない。殆ど暗い色で構成されていて落ち着く内装も俺好みだ。これから一年間過ごす分には十分だろう。
むしろ、孤児院で生活していた時よりはるかに期待できる。なにしろカーペットが、踏むと若干沈み込むほどにフカフカだ。
「—— 学籍番号は」
内装を見るのもほどほどに、部屋の中へ入ろうと足を進めた時。受付にいた老婆が不機嫌さを顔に出して俺に聞いてきた。
「…… あたしの言ったことが聞こえなかったのかい?学籍番号は?って聞いたんだよ。分かったら早く答えな」
「—— 0874番だ」
「0874…… ユーリス・ラルカディ—— クソガキじゃないか」
「随分な挨拶だな、ばーさん。俺のことを知ってるのか」
いきなりのクソガキ呼ばわりに若干驚いたが、特に気にすることもなくそう返した。自慢じゃないが、他人に自分がどう思われているのかは多少自覚している。俺を知っている人間に「俺はどんな人間か?」と聞いたら、十中八九いい返事は返ってこないだろう。 —— だからと言ってどうというわけでは無いが。
「…… はん、自覚はあったのかい。良かったさ、そこまで頭がおかしくなくてね」
「騎士学園に騎士になる以外の目的で入学したのなんて俺くらいだろ。—— 誰に何を言われても騎士になるつもりは無いけどな」
「—— バカじゃあなさそうだが、頭が固いね。もう少し柔軟な頭を持ったらどうなんだい? お前の爺もお前も」
呆れ顔で話す老婆が言った「お前の爺」という言葉が俺の癪に障った。たしかに俺には祖父がいる—— いや、あんなもの祖父ではない。ただのクズだ。
「—— 俺の前で二度とその話をするな」
受付の小さな物置を叩きながら、声を張り上げることなく威嚇した。
俺の前でその人間の話をするつもりなら—— それ相応の覚悟を持ってもらいたいものだ。
「…… はいはい、悪かったね。あたしゃお前の家庭事情なんか知らないんだよ」
「なら—— 教えてやる。あのクソジジイは家族を見殺しにしたんだ」
今から十年ほど前だっただろうか。
当時—— 村に住んでいた俺の家族は、俺を残して全員死んだ。魔物に襲撃されたことで。
この世界では、村が魔物に滅ぼされても珍しいことではないが、その際にあのクズは家族を見捨てて一人逃げ出したという訳だ。
「それならお前は、その爺に復讐でもするためにこの学園に来たってのかい?」
「—— いや、あのクズがここにいる事は知らなかった。どこかで野垂れ死んでいると思ってたからな」
この学園にいるのであれば一目会って、家族を見殺しにしたことを謝罪させてやりたいところだが—— 向こうも、俺のことは避けてくるだろう。
それにクソジジイはクズだが、俺は魔物に殺された家族のことをどう思っている訳でもない。強いて言うなら、魔物に殺されるほど弱いのは問題だということだろう。
いつ魔物に襲撃されてもおかしくない「村」に住んでいたのだから。
「…… お前が誰を嫌おうとあたしゃ構わないが、面倒事だけは起こすんじゃないよ。起こしたらすぐ追い出すから、そのつもりで居な」
「誰に言ってるんだ。俺が面倒事を起こすわけがないだろ」
面倒事を起こす人間だと思われているなら心外だ—— と思いそう言うと、受付の老婆は心底呆れたようにため息をついた。
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