地下をつなぐ道
「——何だ?」
「おい、にいちゃん! 後ろで何か起きたか⁉」
「……それを今確認してるところだ。アンタは前だけ見てろ」
御者にそう返し、荷台の上で立ち上がって地下公道を見渡した。
「——あれか」
見渡して暫くしない内に、悲鳴が上がった原因が見えてくる。乱雑に人を抱えた一人の大男が、馬に直乗りして公道内を突っ走っている。
俺が乗っている馬車とは、およそ馬車五台分くらい離れているが——その距離を少しづつ詰めて来ていた。
当たり前だが、馬は荷台を引っ張っていない方が速く走る。
「我々は神魔教団である! 命を失いたくなければ即座に道を空けろ‼」
ただし、地下公道のような狭い場所じゃ他の馬車に遮られて、速度なんか意味がない。つまり、アイツは止まらざるを得ない。
そう思っていたのだが、大男が一声張り上げた途端、追随していた馬車の御者が馬と荷車を切り離し、センスのない黒ローブに身を包んで大男と並走し始めた。
さらに、大男の声を聴いた周囲の馬車たちは、道を譲るように端へと左右に分かれ始める。
「——あ? 教団?」
「にいちゃん! 今の聞こえなかったのか⁉ アイツらは魔物を崇めてるヤバい奴らの集団だ! 目をつけられたら死んじまうぞ!」
「魔物をあがめてる、だと? ——あぁ、そういうことか」
孤児院に居た時、シスターからそんな話を聞いたことがある。曰く、世の中には魔物を崇拝している人の集団がいるのだ、と。
魔物の強大さに打ちのめされ、やがて憧れて行った者達だ、と。
そしてシスターは、「いくら強くなりたくても、教団には入っちゃダメだからね? 分かったかしら? ユーリス君」と言っていた。
「——フン。冗談じゃない」
俺があんな、センスの欠片もない黒ローブを着た奴らの仲間になる? ——そんなこと、あり得るわけがない。
魔物に勝てず、魔物に魅了され、その魔物に捧げる生贄を攫っているような連中になど興味はない。
俺は、魔物に復讐するために強くなりたいのだ。魔物に魂を売った教団とは根本が違う。
「……おい、御者。アンタはこのまま止まらずに王都へ行け。俺はここで降りる」
「降りる……⁉ なにする気だよ、にいちゃん‼」
「俺があのクズ共を止めておいてやる。その内に王都に行けって言ってんだ」
「お、おいおいおい! 待てよ! 相手が見えてねぇのか⁉ あっちは五人もいるんだぞ⁉」
「——伝えることは伝えたからな。……それと、ここまで乗せてもらった分の運賃はここに置いて行く」
そう言って、俺は麻で出来た小袋を荷台の上に落とした。
そして、「教団」と名乗った者たちのもとへと踊り出す。——愛用の剣と、少しの荷物を持って。
「おい、貴様! 聞こえなかったのか⁉ 我々は教団だぞ! 道を空けないのならここで殺す!」
「——上等だ。やってみろ」
俺が突然、教団の前に立ち塞がったことで大男が威嚇の声を上げる。おそらくコイツがこの集団のリーダーだろう。
そのリーダーが乱雑に抱える人物に目をやる——と、顔は見えないが服装からしてどうやら女らしい。
——どいつもこいつも、生贄として女を攫って行くのは何か理由があるのだろうか。
そんな事を俺が考えている内にも、教団は速度を落とすことなく距離を詰めてくる。
どうやら、このまま俺を馬で撥ねるつもりらしい。……その程度じゃ人は殺せないのだが。
「死ね——! 知恵のない愚か者め! 我らに背いたことを後悔するがいい‼」
「——知恵がないのはテメェらだったな」
「——⁉ なに、を……」
その後の言葉が紡がれることは無く、代わりに鈍い音を立てて首が落ちる。
——その数、五つ。
「——何の手応えもねぇな。やっぱ所詮は下っ端の雑魚か」
断末魔を上げることすらなく、自分の首をはねられたことにも気づかないとは。呆れるほどに貧弱だ。
よくその程度で「人攫い」が出来ると思えたな——と感心するほど。
「全く、時間を無駄にした——」
そう言いながら、攫われていた女の元へと歩み寄る。
俺が首を切り落としてすぐ、馬たちは慌てふためいてこの場を離れて行った。教団のリーダーに抱えられていた生贄のこの女も、頭が落ちると同時に地面へ落されたという訳だ。
「んーッ‼ んんーッ‼」
俺の姿を見るなり呻き声を上げだしたその女の拘束を、剣で軽く解いてやる。
——ただ、口の拘束だけはあえてそのまま残した。
そして、俺は王都へと向かうべくその場を後にする。
なぜ口の拘束も解いてやらなかったのか。——それに深い理由はない。
ただ、女の顔を一目見た瞬間、喋れるようになったらうるさくなると思っただけだ。
用もないのに「感謝」と称してベラベラ喋られるのは、俺にとって迷惑でしかない。
はっきり言ってイライラする。
——とはいえ、流石にその場に放置するのはまずかったかもしれないが。
いや、手足は解放してやったし、誰かが迎えに来ていたのだから大丈夫だろう。
「——おい、にいちゃん。乗ってきな」
「アンタは——まだ残っていたのか。俺は先に行ってろと言ったよな」
少し空虚な気分になりながら、未だ騒然としている公道内を負うおtに向けて歩いていた時。俺を荷台に乗せていた御者が話しかけてきた。
「あのなぁ、こんな大金貰えねーってば。それに言ったろ? 運賃は要らねーよって。——もう王都まですぐそこなんだ。乗ってけよ、にいちゃん」
「そうか——。まぁ、俺にとってはどっちでもいい。好きにしろ」
「おう! にいちゃんは荷台で休んでてくれて構わねーぜ! 休むにはちと硬いかもしれないが……」
「——いや、十分だ」
俺がそう言うと、御者は勝手に満足して意気揚々と馬車を走らせた。
「—— さ、お待ちかねの王都にもうすぐ着くぜ?」
振り返り俺にそう言った御者の方、馬車の進行方向に光が見えた。薄暗い地下公道の中、ランタンの明かりより一際強い光が差し込んでくる。
「—— ようやくだな」
魔物に復讐をするため、今より強くならなければいけない—— 。
そんな義務感だけじゃない、逸る気持ちの俺を、王都のシンボルである馬鹿でかい王城が出迎えた。
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