地下をつなぐ道
—— 暗いな。
ふと意識が覚醒して、俺は目を開けた。しかし、目に入ってくる光はすごく弱い。
寝起きの目に入れても痛くない暖色の光が、辛うじて道を照らしている。
どうやら俺は、地下公道——そう呼ばれる地下の道を、馬車の荷台に乗って通行している途中で寝てしまったらしい。
壁に掛けられたランタンが、薄暗い公道内を辛うじて照らしている。その光が俺を目覚めさせたらしい。
「——しっかしアンタ、地下公道を歩きで通るなんて無茶な話だぜ?」
やることもなく、通り過ぎていくランタンの数を数えていた時、俺が荷台に乗っている馬車の御者が話しかけてきた。
「この道にいるってことは王都に向かってたんだろう?歩きでここを渡ろうってんなら三日はかかるってこと、知らないってんじゃないよな?」
「—— あぁ、もちろん知ってる。だが、金が無い」
視線は依然ランタンの数を数えたまま、気のいい御者に言葉だけ返す。 —— そう、今の俺は金を一文たりとも持っていない人間だ。
「だから、何時でも下ろしてくれて構わないぞ。元より歩きで渡るつもりだったからな」
「—— ここまで来て降ろしゃしないが…… 流石に無謀すぎるぜ、アンタ。地下公道には宿屋も休憩所もねぇんだから、定期便を利用するのが常識だろう?」
「だから、その常識は知っている。その上で歩いて渡ろうとしたんだ。アンタに乗せてもらって助かったけどな」
俺のその言葉に、御者は呆れながら「三日間休みなく歩けるのは魔物かバケモンだけだろ」と皮肉を吐きながら馬に指示を出し、馬車を王都へと走らせていく 。
俺が今しがた乗っている運搬用の馬車以外にも他の馬車は走っている。
大きな荷物を載せているもの、大勢の人を乗せた馬車—— 定期便と呼ばれるやつ、それと同じく人を乗せているがキャビンが豪華な物と様々だ。
当然だが、歩行者は一人もいない。
馬が走っている中、歩行者用の通路すらないところを歩こうものなら、馬に蹴られるのは当たり前だ。
実際に二日ほど歩いて、その間に十回以上蹴られた俺が言うのだから間違いない。
「—— にしても、なんでそこまで王都に行きたいんだ? …… 言っちゃ悪いが、一文無しが王都に行った所で何もできやしないぜ?」
「—— それについては問題ない。俺は騎士学園に通うことになるからな」
「へぇ—— てことは、アンタ十八なのか⁉ なんつーか、とても十八には見えねぇなぁ」
「それはそうだろうな。そこいらにいる奴らと俺は、そもそも歩んできた人生の重みが違う」
「はは、そいつは興味ねぇが—— 。騎士学園の生徒さんだったのか。そうかそうかぁ…… 」
俺が騎士学園という言葉を出した途端、御者の声が一段と暗いものになった。その様子に疑問が浮かぶ。
「どうした?騎士はアンタら行商人にとってありがたい存在のはずだろ?」
「—— これから騎士になろうっていうヤツに言うもんでもねぇが、俺らにとっては厄介な存在なもんよ。騎士ってのはな」
御者は手綱を巧みに操りながら「騎士を優遇するためにって設けられた税が重荷になってんのさ」と、最初に会った時の気の良さはどこかへ消えて、沈んだ声で続けた。
「魔物と戦ってくれてんのはありがたいんだがなぁ。それを実感するほどの機会がそもそもねぇってわけよ。魔物の侵攻を止めているって言葉で言われても実際に見ねぇと分からねぇだろう?」
「—— まぁ、一理あるな」
「てなわけで、俺たち御者は騎士に良い感情は抱いてねぇってわけさ」
とはいえ、騎士は騎士としての責務をしっかり果たしているのだ。でなければ、今頃この国は滅びているだろう。
魔物が蔓延るこの国で、魔物に怯えることなく生きていけるのは騎士のおかげに他ならない。
—— そうは言っても、俺が騎士学園に通う理由は騎士になることが目的じゃないのだが。
「…… そういうことなら安心しろ。俺は強くなるために騎士学園に通うつもりだからな。騎士になるつもりは少しもない」
「強くなる為ぇ?…… にいちゃん、強くなって何したいってんだよ?」
「—— 魔物に復讐するんだよ。家族を殺した魔物にな」
—— 俺が騎士学園に通う目的。それは、魔物に復讐できるくらいに強くなる為だ。
この世界の魔物は人間よりはるかに強い。
しかもそんな魔物が、この国の全人口よりはるかに多い数生息していることが分かっている。
そんな奴らに復讐するには、強くなるしか——言ってしまえば最強になる他ないのだ。
「それを孤児院のシスターに言ったら、騎士学園に通うべきだと言われたんだ。今より確実に強くなれるだろうから——ってな」
「—— にいちゃん孤児院育ちだったのか。道理で一文無しなわけだ。にしても、いいシスターさんだな。復讐の為に金を出してくれるなんてよ」
「…… あぁ。アンタと同じで意味もないのに明るく振舞う人間だ」
「そいつは誉め言葉として受け取っていいんだよな?」
「好きに取れ。どう受け取ろうと俺の知った事じゃない」
俺がぶっきらぼうに返し、それに御者が笑った——その時だった。
「誰かその男を止めて——‼」
耳をつんざくような悲鳴と助けを求める声が、進行方向の後ろ側から聞こえてきた。
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