第26話 ゴブリン殺人事件

会場の奥で男の叫び声が聞こえた。

俺はすぐさま声の方に駆け寄る。


現場は男性トイレの中、立ち尽くす白いシャツを着た銀髪の男の側に、茶色いの汚らしいパンツを下ろした状態でウラドらしき緑色の男が横向きに倒れていた。


俺はすぐさま近寄り状況を確認する。

彼の胸にはナイフが刺さってそこから溢れ出した血が床に広がっている。


まだ息があるかもしれない!

倒れている小男を仰向けにして、口に耳を近づける。呼吸はしていない。


腕の脈を調べてみる。どうやら緑色の皮膚は色を塗っているだけで偽物ではないらしいが、脈はなかった。


この状況でやらなければならないのは心臓マッサージだが、ナイフが心臓近くに刺さっているのだ。

心臓マッサージなど簡単に行える状況ではない。


「こいつはもう助からない。死亡だと言える。

警察を呼べ!それと会場から誰も出すな!!」


俺は一緒に駆けつけた紳士風のメガネ男に対して声を荒げる。


「殺人だ〜〜!!」

男は俺の指示には返事をせずにそう言って走り去ってしまった。



「君が第一発見者か!?」

先にここに来ていた白いシャツを着た銀髪の男に声をかける。


「は、はい。私がトイレに来たらこの状態でした」


「ここにくる前にトイレから出てきた奴はいなかったか?」


「いました!!背の高いオークで赤いシャツを着た奴です」


「他に特徴は?血がついていたとか、カバンを持っていなかったか?」


「血はわかりませんが、カバンを持ってた気がします!」


「そうか。やはりな。情報提供ありがとう」



俺は推理する••••


このトイレには見る限り個室が3つ、背の低い男でも使える立ちション用便器が4つある。

窓はない。殺して窓から逃げる事は不可能だ。

個室トイレ3つを全て覗いていくが、当然だが誰もいない。

個室トイレは昔ながらの腰をかけないタイプの水洗式になっていて、水桶のレバーを引くと水が流れる仕組みのようだ。


ウラドは1番奥の立ちション便器の前でパンツを下ろした状態で殺されている。


しかし立ちションしていたなら、ナイフを後ろから突き刺そうと思うのではないか?

その方が不意をついて抵抗されずに殺せるからだ。


しかしウラドは前から心臓を一突きにされている。

あり得るとすれば•••立ちション中か、終わった直後に犯人から声を掛けたと考えられる。


尿が散乱していない事から、終わって逸物をしまおうとしながら振り向いたと言うのが自然だ。


逸物をしまいながら振り向くというのは、話しかけたのが親しい人物だったからでは無いだろうか?

俺ならしまう前に振り向いたりしない。


しかし、何故殺す相手に声を賭けたのか?


そして、トイレから出てきた赤いシャツを着た背の高いオークの男。オークは豚男の事を指すとすれば俺には心当たりがある。


殺されたウラドはコインが入っていたと思われるカバンを持っていたはずなのだが、死体にカバンは無い。


そして出て行った豚男はカバンを持っていたと言う。


動機はやはり大金(会場内通貨のコイン)だろう。


ウラドと親しい関係で赤いシャツを着たオーク。そしてコインが入ったカバン。


犯人はウラドが大金を持っている事を知っている奴で、赤いシャツの豚男。

と言う事は彼から相棒と呼ばれていた豚男だろう。


警察など居なくても俺にかかれば朝飯前で解決出来るのだ。


「何だこりゃ!!!ゴブリン野郎が殺されてるじゃないか!!おい!誰も外に出すな!!」


この会場を仕切っていると思われる黒服の男とその部下らしい黒服の豚男が2名慌ててトイレに入ってきた。


「お前が発見者か!?」

黒服のヤクザのような顔つきの男が俺に話かけてくる。


「いえ、その人ではありません。私が第一発見者ですよ。その人は後から駆けつけて来ただけです」

銀髪の男が答える。


「そうか。ならここはウチらが仕切らせてもらう。発見者以外はここから出て行ってくれ」


まだ調べたいことがある。ここで追い出されるのはまずい。俺は探偵だと明かすことにした。

「私は亜我左(アガサ)。名探偵さ。もうこの殺人事件の犯人の見当はついている」


「なんだ?犯人知ってるのか?

そうかい。じゃあ犯人を是非ここに連れて来てくれ」


「その前にトイレの中を調べさせてくれ」


「おいおい。得体の知れんやつに現場をあらさせるバカがいるか」


そう言われて結局俺は追い出された。

もう少しトイレの中を調べたかったのだが仕方がない。


俺はトイレから出て赤いシャツを着た豚男を探す。


なんと赤いシャツを着た豚男は3人もいた。

そしてオークは皆背が高い•••


これでは犯人はわからない。

1人はウラドに相棒と呼ばれていた男。

もう1人は顔に傷のある豚男。

最後の1人は豚耳にピアスをした豚男だった。


まあ目撃者に見て貰えばわかるだろ。


俺はまず相棒の豚男に声をかける。


「おいお前、ウラドはどうした?」


まずはこいつに殺した相手の名前を出して様子を伺う。


「ウラド?アイツならその辺にいるブヒ。それよりも騒がしいブ。何かあったブヒ?」


頭が悪そうな奴だが、すっとぼけているのかも知れない。

見たところカバンは持っていない。


こいつが犯人の場合は、カバンはこの会場の何処に隠したのか?誰か共謀者に渡したのか?だろう。

証拠は後で会場内をくまなく探すしかない。まずはこいつを現場に連れて行こう。


「ウラドに似た奴が殺された。確認したいから現場に来てくれ」


「ウラドが殺されたブヒ!?どう言うことだブヒ!!」


こいつが1番怪しいが、まだ証拠がない。

とりあえず現場で目撃者の意見を聞こう。


ーーーーーー


俺が豚男を連れて現場に戻ると、黒服の豚男が2人が入り口に立っている。


「連れてきたぞ」


「わかった。入れ」


俺たちはトイレの中に通される。


「殺された奴の友人を連れてきたぞ」


「ウラド!!!何でこんな事に!!誰がやりやがったんだ!ブヒ〜〜〜!!」


トイレに入るなり赤いシャツの豚男がウラドの死体に駆け寄り怒りの声をあげた。


「そいつが犯人ってか?」

黒服のヤクザのような男が俺に問いかける。


「待て待て、そう焦るな。赤いシャツを着た豚男はあと2人いたからな。今から連れてくる」


俺はそう言って、後2人を連れてくるためにトイレを出た。


ーーーーーーーー



さて、赤いシャツを着た豚男が3人揃った訳だが、ここから犯人を特定する必要があるだろう。


「容疑者は揃えた。この中にお前がすれ違ったと言う豚男はどいつだ?」


俺は銀髪の白シャツ男に尋ねる。


「まさか俺様がやったと言うつもりブか!?俺はナイトジョンの側近だぜ。こんなクソゴブリンをやるはずねぇだろ」


顔に傷のある豚男が俺の言葉に反発の声をあげた。ナイトジョンってなんだ?

こいつも役になりきっているのか、語尾がおかしい。


「なんだぶ!俺を疑ってるブヒ?!!俺はトイレなんか行ってないブヒ。カードゲームをつづけてた事は参加者に聞けばわかるブヒ!」

相棒と呼ばれていた豚男も否定している。


「私を疑うとは、悪魔にでも憑かれたのでしょうか。神を恐れぬこの哀れな人間男に天罰を」

耳にピアスをつけた豚男は語尾が変ではなかった。だが、よくわからない事を言っている。


「お前達の中に犯人がいる!」

俺はそう宣言する。これで慌てて尻尾を出させるのは常套手段なのだ。


「げっ!えっと、この方達は犯人では無いですね」

銀髪の男が少し慌てたように言う。


「何!?死体発見直前に赤いシャツを着たオークがトイレから出てきたと言ったよな?」


「トイレから出てきた所とは言ってませんよ。すれ違っただけですし、すれ違ったのは女のオークでした」


何を言ってるんだこいつは。女なら先にそう言えよ。

女だったら出てきたのは女子トイレだったと言う事か?


「おいお前、さっきは赤いシャツを着たオークが手にカバンを持ってトイレから出てきたと言ったんだぞ」


情報をくれた銀髪の男に腹が煮えくり返る。


「いえ、すれ違っただけですし、男なんて一言も言ってませんし、カバンは肩から下げてましたよ」


「クソ!じゃあ犯人は誰なんだ。カバンはどこに消えた?!」


「お前が怪しいブヒ!お前はウラドから金を借りてたブ!動機も十分あるブヒ!」


相棒と呼ばれていた豚男が急に俺に容疑をかけてきやがった。


「俺!?俺は銀髪のコイツの悲鳴を聞いて後から駆けつけたんだぞ」


「お前の手に血がついているブヒ!

もしかすると証拠隠滅のためにこの部屋に戻ったかもブヒ!」


「おいお前!何故手に血がついている!」


相棒の豚男とヤクザな黒服が俺の手を見てそんな言い掛かりをつけてきやがった。


「死体を検分した時についただけだ。銀髪の男も見ている。そうだろう?」


「いえ、私は見てませんね。そういやこの死体が持っていたカバンに大金がどうとか、やたらカバンを気にしていましたね」


「死んだウラドが大金をカバンに入れていたのは知っている。だからそれが目当ての犯行だと考えるのは普通だろ?」


「やっぱりカバンの金が目当てだったブヒね!!コイツが犯人に間違いないブヒ!!カバンはどこにやったブヒ!!」


「だんだん見えてきたな。犯人が現場に戻るのはよくある事だ。こいつを捕えろ!」


ヤクザな黒服が他の黒服に命令をする。


なんで俺が!


銀髪の男はがニヤリとした。

えっ?もしかして。


俺はとんでもない間違いを犯してしまったのかも知れない。


「ウラドの仇だぶ!!」

豚男のパンチが俺の腹に突き刺さる。


「ウガッ!ウ••••」

その強烈な一撃で俺はダウンしてしまった。


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