第二章 何故か僕だけデスゲーム

第二章 何故か僕だけデスゲーム ①

「大きい門だね……」


 タクシーを降りた僕は、目の前の城壁のごとき校門に唖然としていた。


 高速道路に乗っている時に感じた、要塞というイメージは間違っていなかった。

 重々しいにび色の門は高さ五メートルはあろうか。今は受験生用に解放されているものの、屈強なガードマンが何人も仁王立ちしていて、物々しい雰囲気に包まれている。刑務所みたいだ。

 ロータリーの隣にはバス停もあるようで、『常盤城高校 正門前』という駅名らしかった。『正門前』とわざわざ銘打つあたり、この学校のサイズが窺い知れる。


『ねぇ光輝クン。フェリスは明太子パスタが食べたい』


 現実感のない景色に呆気に取られていると、もっと現実感のない少女、フェリスが飾り気のない声で言った。


 彼女は、悪魔だ。

 そして、僕以外の人間はその存在を知覚できない。

 それだけでなく、物質が彼女に干渉することも基本的にないみたいだ。

 なので、お腹が空くわけがない。仮に空腹になったとしても、それを満たすのは人間の食べ物であるはずがない。だから、この場は無視が正解だ。


『餓死はしないけど、お腹は空くんだよ。そして、今は明太子パスタが食べたいのさ。嗜好品ってヤツだね』

「心を読むな、悪魔め」

『読んでるんじゃなくて、聞こえちゃうのさ。オーナーたる光輝クンとフェリスは、強いキズナで結ばれているからね』


 何が強い絆だ。

 銃口を後頭部に突きつけてきているだけのくせに。


 フェリスは、薄緑の髪をひらひら舞わせて、ロータリーの向こうにある売店へと吸い込まれていった。

 着いていく義理はないが、何か問題を起こされても面倒だ。最悪の場合、彼女が食した商品を押し付けられて万引きの冤罪をふっかけられる可能性だってある。

 億劫な感情を噛み殺して、コンビニの自動ドアをくぐる。フェリスは、突き当たりにある冷蔵棚に陳列されているパスタやおにぎりなんかを吟味していた。


 ……こうしてみると、発光する髪や翼が異質なだけで、あとはなんの変哲もない少女に見えなくもない。


「……だから。私が先に並んでいたの。割り込みは美しくないわ。恥ずかしくないのかしら?」


 ふと、レジの方から可憐ながらドスの効いた声が飛んできた。

 思わずそちらをみると、何やら少女が男と言い争いをしているらしかった。


「並びたい方だけ並んでいればいいじゃないですか。ボクは面倒なのでパスします」

「ルールに則らないと、秩序が崩壊するじゃない。あなたみたいな例外を認めてしまうと、ルールは機能しなくなるの。私は譲らないわ」


 どうやら、レジに並んでいた少女の前に、青髪の男が割り込んだらしい。そして、少女がそれを非難している、ということみたいだ。

 店員さんも「まぁまぁ」と二人を嗜めている。男の方が悪いのだから、きちんとレジへ並んでくださいと言えばいいのに、強く出ていないみたいだ。


 男のガタイはそれほどではないが、唯我独尊な物言いと、柔和な笑みの奥に覗く宝剣のような静かな威圧感は、関わったら一番やばいタイプのヤクザみたいだ。


 一方で少女はかなり華奢だ。

 腰までまっすぐな伸びる雪原のような銀髪に、どこかの制服らしい白いブラウスの上から紺のジャケットを羽織っている。膝上の長さのプリーツスカートの下から覗く足は細く、お世辞にも筋肉が乗っているとは言い難い。

 だけど、その瞳は人を射殺せそうなほど鋭く、気の強さを推察させる。


『フェリスの目の前で青髪クンが割り込んで喧嘩を始めて、そのあとも後ろでわんわん喚いているものだから、気が散ってしょうがなかったよ』


 フェリスがいつの間にか、僕の隣に戻ってきていた。

 野良犬の喧嘩に呆れているような顔だった。彼女にとって、人間という存在は、きっとその程度の位置付けなのだろう。


『でも決めたよ光輝クン。フェリスは、あの棚の上から三番目にあるチーズドリアを所望する』

『……あれ? 明太子パスタは?』

『実物を見て気が変わったのさ』

『……どちらにせよ、このケンカが落ち着かないうちは多分買えないよ。レジ前占拠されてるじゃん』


 少女と男は、一つしかないレジの前で言い争っている。

 一人しかいなさそうな店員は二人を宥めるので精一杯そうだ。現に、購入を諦めて去っていく客もいた。


『えー。それは困るよ。光輝クン、なんとかしてくれないかな』

『いやだよ。僕は別に欲しいものないし。フェリスが諦めればいい話。こんな喧嘩に首突っ込んでたまるもんか』


 好都合だった。フェリスのわがままを抑え込むいい口実ができた。

 青髪の男は、「大体、ボクが割り込んだ証拠でもあるのですか?」なんて言っている。フェリスが見ていたらしいからそれは本当みたいだけど、悪い男だ。

 だけど、僕には関係ない。さっさとこの場を去ろうと踵を返し、


「ちょっと、そこのあなた」


 しかし、いきなり背中の部分を掴まれて引き止められる。

 首元が閉まって「ぐえっ」と情けない声が漏れ出た。


 僕を乱暴に引き止めたのは、銀髪の少女だった。

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