第一章 天使のような悪魔 ②

 恵理子さんの宣告から二ヶ月。

 その間に僕は、常盤城高校について可能な限り情報を漁った。


 試験倍率は百倍を優に超え、一年で何回も試験が行われている。合格者が出ない試験もある。もちろん、一人一回しか受験できない。

 これだけでも、他の高校とは一線を画す異常さなのに。

 試験内容については、さらにおかしかった。


 学力が必要ない――その噂は半分合っていて、半分間違っていた。

 要は、試験ごとに、内容が変わるのだ。学力とIQテストを掛け合わせたような試験の時もあるし、サバゲーみたいな身体を使う試験を課された人もいるようだ。

 故に、対策不可。過去問がほぼ意味をなさない異色の入学試験、ということらしい。


「……めちゃくちゃだよなぁ」


 布団に転がりながらスマホで電子の海を潜り、一人ごちる。

 『あらゆる分野の発展を牽引する人材を育成する』ことを目標として掲げる常盤城高校。となれば、一般的なペーパーテストで選抜するわけじゃないのはわからない話じゃないけど。


 なおのこと、勝ち目がない気がしてきた。

 僕は、訳あって引きこもりだ。勉強もせず、スポーツだってしたことがない。そんな僕が、才能を試すようなハイレベルな試験に太刀打ちできるはずがない。


 ……それに。

 戦うのは、怖い。


 迫り来る脅威は、グッと堪えるか、うまく受け流す方が利口だ。

 あの恵理子さんだって、それ以上に立場の強い人間には虐げられている。彼女が抵抗して、その度に打ちひしがれて涙を流す姿は、痛々しくて見ていられない。

 戦うのも、抗うのも。全部、感情に行動を支配される奴のすることだ。


「……」


 それでも、対策はしないわけにはいかない。

 クイズゲームやIQテスト、有名なテーブルゲームをやりこんでこの二ヶ月を過ごした。

 入学試験の前日まで、そんなことしかできなかった。


 試験は明日から。月曜日から金曜日までの一週間をかけて実施されるらしい。

 調べると、過去にも数日間をかけて行われた試験はあったみたいだ。その内容は、サバゲー、陣取り合戦、変則チェスなど、およそ入試には似つかわしくないものばかり。


 明日僕は、どんな試験を課されるのだろうか。


 ふと、漠然とした不安が押し寄せてくる。薄暗い感情から逃げるように、スマホで常盤城高校のホームページを開いた。

 安心するようなことなんか書いてないとわかってはいるけど、意味もなくページを渡り歩いていく。学校案内、教育方針、著名な卒業生――毒にも薬にもならない情報を流し読みして、


 ブツッ、と。スマホの画面がブラックアウトした。


「……あれ?」


 ホーム画面に戻っても。電源を入れ直しても。画面は暗転したままだ。


 まさか、壊れた? このタイミングで?

 スマホなしで明日まで過ごすのか。壊れたと恵理子さんに報告したらなんと言われるか。そんな現実的な焦燥に頭が埋め尽くされ、


 それら全てが、弾け飛んだ。


『やっほー。見えてるー?』


 真っ暗な画面から突如として出現した、VRみたいな女の子。

 燐光のように淡く輝く水浅葱みずあさぎ色の髪。無垢を具現化したような白いワンピースに、天使のようなクリーム色の羽。そんなアニメのキャラのような可憐な少女が、僕へ手を振っているのだ。


――スマホの画面を飛び出して。


「えっ、え……何これ。スマホにこんな機能あったっけ」

『違うよ! フェリスは電子データなんかじゃないもん!』


 これは、会話が成立しているのか?

 返答が自然すぎる。最近のAIの進化はすごいなぁ。


『フェリスはね、スペイン語で「幸せな」って意味がある、英語で言うところの「ハッピー」と同じ名前を授けられた天使なんです!』


 わざとらしいほど大袈裟に手を振り乱して、フェリスというキャラクターは必死に自己紹介。

 とりあえず、スマホが壊れた訳じゃなさそうでよかった。


『フェリスを呼び出してくれてありがとう! そんなあなたに、お願いごとを叶えてあげるね!』

「そりゃいいね」


 彼女の首からぶら下がるネックレスのような装飾品は、三つの玉が結び付けられている。もしかしたら、三つの願いを叶えるようなキャラクターなのかもしれない。


 もし本当に叶うとしたら、何を願うだろう。

 ひとまず、明日から始まる入試の合格。どうせなら、特待生入学がいいな。

それと、せっかくだし、主席で卒業できますように、とか願うかもしれない。


『いいよ?』

「へっ?」


 フェリスの謎の了承に、素っ頓狂な声が出た。


『一、常盤城高校に特待生入学を果たす! 二、常盤城高校を主席で卒業する! いいよ、そのくらい、お安いご用! フェリスちゃんが叶えてあげよう!』


 フェリスはくるくると可愛らしく回りながら、穢れのない笑みで読心してきた。

 無垢な笑みが、むしろ怖い。頭の中を読まれてる? まさか、脳波? え、普通に怖い。


「は、はぁ……じゃあ、よろしく」


 全然意味がわからないけど、とりあえず承諾する。

 承諾、してしまった。

 その思考停止が、最悪の決断だと気づかずに。


『――おーけー、成立だ。それじゃあ、死ぬ気で頑張るんだね』


 フェリスの瞳が、凍る。

 ついさっきまでの陽光のごとき朗らかな口調は、裏返るように冷たさに満ちていた。


「……え? 死ぬ気?」


 フェリスの突然のキャラ変に戸惑いながらも、聞き捨てならない単語を聞き直す。


『ああ、そうだとも』


 フェリスは、おかしくてたまらないと言った笑みで、




『今フェリスは、キミに『願いが叶わなかったら死ぬ』呪いをかけたからね』

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