第一章 天使のような悪魔

第一章 天使のような悪魔 ①

 梅雨の湿気が太陽に吹き飛ばされた七月の中旬。

 僕は、幻想的に陽光が刺しこむ書斎で、死刑宣告を受けていた。


「……え、冗談、だよね……?」


 アンティークな机の向こう側で腰掛ける育ての親――恵理子さんへ、思わず聞き返す。


「冗談なものですか」


 恵理子さんは、心底呆れたようにため息を吐いた。


「学校には行かない、仕事もしない。そんな人間を養っていけるほど、ウチは裕福ではありません。中学を卒業したら、就職して家を出るか、お金のかからない学校へ進学すること」

「……そ、その……進学しても、高校って通わなきゃ留年するんだよね……?」

「当然です。それと、通信制高校も認めません。光輝――あなたは、半強制的に授業を受ける環境でないと必ずサボります」


 地面が崩れ落ちた気分だった。

 中学卒業まであと九ヶ月。それが、もはや僕にとって寿命になってしまった。


「……と言っても、どうせお前はなんだかんだ理由をつけて動かないでしょう。なので、私の方からすでに願書を提出しておきました。良い噂を耳にしたので」

「え、えぇっ!?」


 寝耳に水をぶっかけられた僕をよそに、恵理子さんは机の上にとある高校のパンフレットを置いた。


 国立常盤城高校。

 国が『あらゆる分野の発展を牽引する人材を育成する』ことを目的として設立した名門校だ。


「ここの入学試験は、学力を必要としないそうです。それならば、学校へ行っていないお前にも受かる可能性があるでしょう」

「ちょ、ちょっと待ってよ。常盤城ってめちゃくちゃエリートなところじゃないの!? そんなとこ――」


 バシッ! と左頬が破裂する。

 恵理子さんの平手が、僕の顔面を打ち叩いたのだ。


「うるさい! お前は黙って言うことを聞いていればいいのよ! 口答えをするな!」


 この手の癇癪に慣れている僕は、すん、と心を殺す。

 今の恵理子さんに何を言ってもヒートアップするだけだ。反抗すればするほど、彼女の怒りは激しさを増していく。

 あまりこのまま叫ばせすぎると、近所迷惑にもなるし、彼女は喉を壊す可能性があるし、僕は重い罰を科されてもおかしくない。


 全方位に、好ましくない。

 戦うことは、悪だ。

 だから僕は、恵理子さんが落ち着くまで静かに待つ。


「……はっきり言います」


 一呼吸おいて、恵理子さんが改めて語気を強める。


「あなたに残された選択は、常盤城高校に入学するか、就職するかだけです」


 それは、事実上の追放宣言だった。

 常盤城高校は、入学したら三年間、親であろうと外部とは連絡できない壁の中で過ごすことになる全寮制の高校だ。あまりにも厳しいその校則により、ネットの世界では『監獄』なんて異名が付けられるほど。

 そこへの入学。もしくは就職して家を出る。この二択。

 それなら、まだ高校へのの方が、誰かしらの庇護下に置かれるからマシだ。


 だから僕は涙を飲んで、二ヶ月後の入学試験に備えるしかないのだった。

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