第15話 舐めんな

「ユーく……ん……」

「あ……あ……ユーッ!?」


 赤い血が飛び散る。

 しかもそれは見ず知らずの他人ではない。

 今日出会ったばかりの男だが、濃密に体を交じり合った男。

 恋ではない。しかし「イイ!」と気に入った男である。

 まるで生真面目な弟、後輩を可愛がるような気持で接していた男が、自分たちを庇って、本来自分たちが受けるはずだった凶刃を代わりに受けた。


「ぐっ……に、にげ……逃げろッ!」


 背中に突き刺さったバケモノの刃。

 胴体を貫き、誰の目から見ても致命傷。

 しかしそれを受けてもユーキは唇を噛みしめ、倒れそうになる身体を寸前で踏ん張り、真っすぐ立って剣を構え、ノアとココアを守る様にバケモノに反撃する。


「ユーく……あ、ああ、だめ、血が! 動いたら、あ、ああ……」

「どうして、ユー、あーしら……あーしらが……」


 こんなことになるとは思っていなかった。

 勇者であるユーキが、自分たちの所為で致命傷を負ってしまった。

 

 自分たちの所為で。


 その事実が二人を人生で最も心を苦しめる。

 だが、ユーキの目は一切弱みを帯びていない。


「この程度、何でもない! 自分は勇者だ! この目に映る者、手の届く者、誰も取りこぼしたりなどしない!」


 それどころか、この状況でもまだ「全てを守る」という意思が揺らがない。

 その瞬間、二人の少女の心は貫かれた。


「ユーくん……」

「ユー……」


 テレビで、ネットで、アニメで、漫画で、映画で、ドラマで、臭いセリフや綺麗ごとを言う者たちはいくらでもいた。

それは全てが自分たちの住む世界の違う場所での話だった。

 しかし今は違う。

 今こうして目の前で、何よりも体も混ざり合うほどの仲となった男が、一切のカッコつけや打算も裏表もなく、心の底からの本心だと分かるほど熱のこもった言葉を発した。

 その言葉を聞いた瞬間、ノアとココアは後悔と同時に、泣いて吐いて蹲っている自分たちを恥じた。

 この世界に来て、チートを手にしているというのに、何を自分たちはやっているのかと。


「ギヒ、シネ」

「コロス、オカス、シネ」


 致命傷を受けたユーキを取り囲むバケモノたちは、一斉にユーキに飛び掛かる。

 それに対してユーキは逃げない。弱音も吐かない。諦めない。

 そんなユーキを死なせて溜まるものかと、ついに二人は立ち上がる。


「私のユーくんに手を出すなー!」

「あーしのユーに何すんだしィ!」


 ノアの拳が、バケモノの頭部を粉砕した。

 ココアの投げた石がバケモノの頭部を貫通した。


「ッ、な……ッ、ノア、ココア……」

「「「「ッッ!!??」」」」


 目を丸くするユーキ。

 戸惑うバケモノたち。

 そして……


「ユーくん、ごめんね。だけど私たちもう大丈夫だから」

「だから、こいつらソッコーで潰すし」


 二人はユーキの隣に並び立ち……



「ば、何を言う、二人とも! 二人は村人を連れて逃げ―――」


「「ギャル舐めんな!」」



 そして今度は自分たちからバケモノへ向かって行く。


「コロス、オカスオカスゥ!」


 一瞬戸惑っていたバケモノたちも、すぐにまた狂ったように唸り始める。

 そんなバケモノたちに拳を、蹴りを飛ばすのは……


「私を犯していいのは~、オッパイ揉んで吸って舐めて、アソコもお尻もメチャクチャにしていいのは、今日からユーくんだけだからダメぇぇええ!」


 ノアが容赦なく異常な力を振舞った。

 潰し、潰し、潰し、


「空手キーック!」

「パンツ―――――げぴっ!?」

「へへん、私のパンツを見たものは~、ユーくん以外は死刑!」


 そのハイキックは、バケモノたちの首を両断するほどの切れ味を帯びていた。

 一方、ユーキを介抱するココアは……


「ノア、っ、す、すごい……あのバケモノたちを紙屑のように容易く……ッ」

「ほれ、ユーくんは大人しくしろし! あーしらに任せて!」

「ココア、し、しかし……」

「つか怪我ヤベーし……血が……あーしも回復魔法でも使えたら……ん? ……い、痛いの痛いのトンデケー」

「ッ!? な、え……傷が……」

「うおおお、できた! イメージしてなんかやったらできた!?」


 まだ見たこともない魔法も、なんとなく魔法を放つ要領でイメージしてやってみたらできてしまった。

 致命傷だったユーキの傷がみるみると塞がっていく……


「す、すごい、傷だけじゃない……体力も……むしろ体が元気……元……気、はうっ!? な、なぜ、え、こ、こんなときに」

「あ♪」


 そして、治ったのは怪我だけではない。

 本日、ノアとココアと10発ほど……それによって、精魂完全に尽きていたユーキのユーキまで元気になっていた。


「ユー、コレ終わったら、またやっていーし! 股が結構いたいけど、ドンと来い!」

「ちょ、こ、ココア……」

「だから即即で終わらせるし! くらえ、炎殺紅龍波!」

「も、もう……だ、だが、これは、確かに鎮めねば……うう、と、とにかくこの場は早く終わらせようッ!」


 気づけばまた元の気楽なギャルらしくヘラヘラ笑っていたココアと共に、ユーキも再び躍動する。ちょっと前かがみになりながら……

 レベル50ほどの100体近いバケモノたちも、三人の本物の「怪物」の前には成すすべなく蹂躙されていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る