第14話 全てを守る

「よくも、よくも、よくも!」


 問答無用。

 勇者の名乗りも口上もしない。

 ただ斬るだけ。


「ゲピ」

「ギャピ」


 怒り任せのユーキの剣が、異形種に刻まれ、女たちから離される。


「ッ……勇者……さま」

「あ、ああ……ゆーきしゃ、ま……」


 解放された女たち。

 だが、彼女たちには生気がまるでなかった。

 年端もいかぬ少女まで目が虚ろになるほど壊されていたのだ。

 ユーキが現れても、助かったと喜ぶものもいない。


「ッッッ……遅くなって……すまない」


 命があるだけでも……とは言えないほど心も体も壊された村人たち。

 間に合わなかった。

 込み上げる悔しさと、抑えきれないほどの怒りが、ユーキの瞳から涙となって溢れる。

 一方で……


「ギ……ユーシャ……ギイ……」

「ギ」


 女たちから引き剥がされ、ユーキの剣を食らった異形のバケモノたち。

 表情からは読み取れないが、その様子からユーキを認識して、動揺しているようにも見える。 

 だが、それに構うことなくユーキは勢い任せにバケモノたちに飛び掛かる。


「よくも! よくもぉおおおおお! ずおりゃああああ!」

「ギタアアアッ!」


 しかし、そんな二人に気づかず、ユーキはただ怒りに任せて暴れる。

 その剣がバケモノの一体を斬り裂いて倒す。

 先に戦っていた兵たちは全滅していたようだが、ユーキの力なら倒すことができる。

 しかし……


「つっ、……硬い……それに、パワーもスピードもかなりのもの……レベル50ぐらいはあるのではないか? 小隊長クラスの力はあるぞ……それが100対はいる……」


 エリートと言われる騎士団たちですら平均のレベルは20~40程度。

 無論、ランクが上がれば、50だろうと60だろうと上のレベルの戦士は存在し、何よりもレベルが100を超えているユーキであれば、戦って負けるような相手ではない。

 しかし、それはあくまで一対一ならの話である。

 レベル50の敵が100人もいれば、村どころか街、いや戦争でも戦況を大きく覆すほどの力もある。

 

「援軍はまだ時間がかかるだろうし……少々しんどいかもしれないが……なんの! 自分は勇者! やることは変わらない!」


 ユーキが駆け出す。

 高速で走りながらバケモノたちを斬り裂きながら、襲われている女たちの前に立つ。

 まだ生きている命を救うために。


「っ、ひどい……が、まだ動けますか、皆さん!」

「あ……う、あ、勇者様……」

「この場は自分が! あなたたちはすぐにこの場から逃げてください!」

「あ……う……あ……」


 しかし、それでも現状は厳しい。

 まだ生きている女たちも、バケモノたちに犯されたり、大切な人や知人が無残に殺されたりで心が壊され、さらには恐怖でほとんど立ち上がることすらできない様子である。


「キシャア!」

「グギガアアッ!」


 そんなユーキにバケモノたちは容赦なく襲い掛かる。

 そこそこ強い相手、複数、そして守りながらの戦い。

 

「ダメだ、ジリ貧だ。ここは温存を考えず……一気にッ! 纏え、雷の――――ッ!?」


 援軍を待っていられない。このままでは全てを救うことは不可能。

 持てる力を最大限に使い、一気に殲滅を考え、ユーキは勇者の必殺の力を使おうとする。

 だが、そのとき、ユーキはハッとした。


「なっ!? ちょ、ノア! ココアッ!」


 自分に付いてきたはずのノアとココア。

 今のところ力は未知数であることと、王国の人間ではないことからも、ユーキは二人を特に戦力として考えていなかった。

 だが、二人はそれなりに動けるということは分かっていなので、放っておいても大丈夫だろうと思っていた。


「あ……うう、おえ、なんでぇ……いやだ、うそ、こんなの……おえ」

「んだよぉ、これぇ……ひっぐ」


 常にヘラヘラしたり、力ずくで笑いながら勇者であるユーキを押し倒したり、お気楽な考えでユーキを振り回していたノアとココアが、恐怖で怯えて腰を抜かし、泣きながら嘔吐している。

 そんな二人の背後には、二人に手を伸ばそうとしているバケモノたちまでいる。



「ば、後ろッ! 後ろにいるぞ、二人ともッ!」


 

 懸命に叫ぶユーキ。

 だが、その声は二人には届かない。


「ギヒヒ」

「グルル」

 

 涎を垂らしながら唸るバケモノたち。

 ノアとココアは震えながら振り返る。

 だが、腰を抜かしているのか、動くこともできない様子。


「……ギヒ……処女……チガウ……コロス……レーカ様に捧ぐ」

「「ッッ!?」」


 そのとき、異形の化物が人の言葉を発した。

 森で出会ったオークの時以上の恐怖を二人は感じている。

 

「なっ、あ、あのバケモノ……喋れ……いや、とにかく離れろ! ノア! ココア!」


 ノアとココアはチートを持ち、この世界の勇者とも関係を持てた自分たちなら、たとえ戦いになったとしても異世界での生活は楽勝だと思っていた。

 実際、この場で村人たちを襲っている異形の化物たちは、たぶん戦えば自分たちが勝つだろう。

 しかし、問題はそんなことではない。

 慈悲無くただ殺戮と凌辱を繰り返すバケモノたち。

 散らばる人間の手足や頭部や臓腑は、作り物ではなく紛れもなく「本物」である。

 強い弱いではなく、心が耐え切れなかった。

 一生忘れられないトラウマになるような惨劇の光景に、ノアとココアは腰を抜かして震えて動けなくなっていた。


「バッ! くっ、間に合――――」


 そんな二人は、今のユーキから見れば、恐怖に怯えて動けぬか弱き乙女たちそのもの。

 無我夢中でその場から駆け出したユーキは、二人を押してバケモノの凶刃から二人を守る。


「ガっ……」


 そしてその凶刃が……


「あっ……え……」

「ユ……ユー……」


 ユーキの身体に深々と突き刺さっていた。

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