第13話 リアル

 助けて


 その言葉の背景も詳細も説明不要。

 救いを求められたらまずは動く。

 それがユーキの抱く勇者の像であった

 たとえそれがどれほどの強敵であろうと、傷つき苦しむ人々を守るためならば……


「もぉ~、ユーくんってば、置いてくのひどくないかな~?」

「そーだし。あんなところであーしらだけ置いてきぼりとか勘弁。あと、ユーに何かあったらあーしらが困るんだし」


 と、そのとき、風よりも速く走る自分の傍らに二つの声。

 ユーキはハッとして、そして同時に後ろから迫る強烈な風の気配に気づいた。


「わ~、私ってば足速い~!」

「うはー、すげ! ノア、時速何キロだし! ジャマイカ人も真っ青だよ、まぢで!」


 それは、ココアを背負って走るノア。

 全力疾走で駆けている自分に、人ひとりを背負いながら後から追いついてきたのだ。


「な、何というスピード、え、の、ノア!? なぜ、ココアまで……」

 

 何故追いかけてきたのか? 問いたいところだが、そもそもこの速度で走る自分に追いついたノアに戦慄し、動揺してうまく口が回らないほどユーキは動揺していた。


「ユーくんのカッコいいところを見物したいし~」

「そーそ、せっかくのファンタジー世界で勇者の戦いとかまぢ見たいし」

「で、仮にユーくんがピンチになったら助けてあげないとだし」

「誰かのピンチに異世界から来たチートが無双して助けるのぉ、お約束だし」


 すると二人は、まるで遊びに行くような感覚で楽しそうにそう言った。

 正体不明のモンスターの野盗。

 屈強な王国の兵たちがやられ、嘆くほどの道の強豪。

 それを聞いていたはずの二人が、こんな余裕な顔をしてユーキに付いてくる。


「な、お前たちは一体……」


 既に互いに交わり合って裸も隅から隅まで知った中だというのに、ユーキはまるで二人のことが分からなかった。

 一体どういう神経や思考をしているのかと。

 だが、ユーキに分かるはずもなかった。


「バケモノだっけ? どんなのだろーね~」

「人間の姿してないっぽいから、さっきのオークみたいなのかな? 流石に魔王は無いかな?」

「それ倒しちゃったらどうなるんだろ。なんか音とかなってレベルアップしたりするのかな?」

「あと、お金もいっぱいもらえたり? てか、あーしらが倒しちゃったら、奴隷から一気に成り上がりとか? 底辺からの成り上がりもドテンプレだし!」


 どういうわけか身に付いていたチートに己惚れていた二人は既に、死や危険への恐怖など頭になく、本当にRPGのゲームをしているような感覚で、むしろこれからナニが起こるのかとワクワクしているだけだったのだ。


「ぐっ、何をそのようにヘラヘラと……むぅ……」


 人が死んでいるのかもしれない。

 自分たちも死ぬかもしれない。

 ヘラヘラ笑うなど不謹慎。どうなるのか分からないぞと忠告しようとするが、ユーキは言うことができなかった。

 森での僅かな攻防。

 さらには今もこうして自分のスピードに追い付いている現実。

 無神経さは別にして二人が強いことはユーキも分かっていたからだ。

 少なくとも、足手まといになることはないというのは分かっていた。

 そして……


「見えてきた! ッ、煙……来るのならば、気を引き締めるんだ、ノア、ココア!」

「りょ!」

「りょ!」


 そして森を走る三人の前方に火の手が上がっていることに気づいた。

 ユーキはさらに加速する。

 間に合え。

 一人でも多く。

 その速度にノアも平然とついていった。

 だが……


「キシャァ!」

「ギャシャシャシャ」

「ギイ!」


 森の向こうから聞こえる……


「ひい、おたす、げべっ!?」

「いやああ、あ、あっ、あ……やべでぇ!」

「もう、ひどいこと、しない、でぇ……ん、いやらァ!」


 阿鼻叫喚の声。


「え、な、なに? なんか、聞こえる……」

「そ、それに、なんか、うぷっ……スゲエ臭い……何の匂い? 最悪! 匂いついたァ! う〇この匂いする!」


 漂う腐臭。

 ノアとココアは顔を顰める。

 一体これは何の匂いなのだと。

 ただ、ユーキは分かっていた。むしろ、分からない二人を以外に感じた。


 それは、腐っていく肉の匂い。


 臓腑が飛び出て糞尿が混じっている血の匂い。


 聞こえてくるのは、蹂躙する者とされる者の声。


「………え……」

「あ……………」


 森を抜け、目的の村に辿り着いたユーキたち。

 しかしそこに広がる光景に、ノアとココアは呆然と立ち尽くした。


 山済みになっている「動かない」人間。


 あたりに散らばっている手足や人間の頭部。


 腹を裂かれ、多くの刃でズタズタに刻まれているもの。


 判別不可能なほど潰されている身体。


 さらには……


「ギョヒー、ギョヒ、ギョヒッ!」

「ギイギイギイッ!」

「あ……ア……ア……」


 女たちが一糸まとわぬ姿で、異形の姿をした者たちに弄ばれていたのだ。



「き、キサマラアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


「「「「ギョヒ?!」」」」



 もはや、瞬間的に激高したユーキが、女たちに群がる異形の者たちに飛び掛かる。

 異形の姿をした何者か。

 それは、人の形をしているが……



「な、なに、あれ、人体模型みたいのが……」


「あ、こ、れ、にんぎょ? ち、ちが……うぷっ!」



 小学生の頃は理科室で、中高生の頃は生物室などで見たような、人間の体の皮膚の下の筋肉繊維剥き出しの人体模型のような集団が、男たちを殺し、女たちを犯し、人とは思えない声を発していた。

 ノアとココアはそのあまりにも凄惨な光景、そしてこの腐臭の元が辺り一面に広がる人間の死体や体の一部であること。

 映画ですらここまでグロテスクなものは見たことがないような、人間の手足や生首などが転がり、もはやその光景に耐え切れず、ノアとココアはその場で蹲って嘔吐した。



森で自分たちが殺した異形のオークたち相手には感じなかったもの。


自分たちと同じ姿をした人間のリアルな死と蹂躙される光景。



 ゲームでもなければ物語の世界でもない、リアルな死を、二人のギャルに突きつけられた瞬間だった。

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