第3話 覚醒ギャル
『な、何をやったんだ、こいつら!』
『こいつら……戦士と魔導士か!?』
『くそ、怯えたフリしやがって、許さねえッ!』
何が起こったか分からない。
ただ、ノアとココアを犯そうとしていた豚たちの内の二人が死んだのだ。
ノアとココアは未だにソレを自分たちがやったのか、なぜこうなったのかを何も理解できない。
しかし豚たちは先ほどまでのいやらしい笑みが消え、代わりに怒りと殺意に満ちて戦闘態勢。
『ぶっ殺してやらァ!』
『ダチの仇だッ!』
『足腰立たねえようにしてから犯してやらァ!』
ノアとココアが現状を理解できぬうちに、豚たちが一斉に襲い掛かってくる。
普通の人間とは比べ物にならない巨体で、貧弱な女である自分たちに容赦なく飛び掛かる。
だが……
「え……なに、コレ……」
ノアは目の前の光景にハッとした。
先ほど襲われた時と違い、今こうして改めて豚たちの動きを見ていると……
「え? ナニコレ、遅い……え? 歩いてるの? ふざけてるの? ねえ、ココア……ココア?」
ノアの視界に映る光景。
それが、全てスローモーションに見えたのだ。
襲い掛かる豚たち。森の中で舞い落ちる木の葉。隣にいるココアが怯えて叫ぼうとしている様子の全てがである。
「私だけ? え? 分からないけど……ココア、ほら、ボーっとしてないで!」
「っ!?」
ゆっくりゆっくり近づいてくる豚たち。
とりあえずノアはココアの手を掴んで、豚たちの包囲網の隙間から『歩くように』すり抜けて後ろへ回り込んだ。
『ッ!? な、は?!』
『消えたッ!?』
『いや、ッ、ま、ちょっと待て、いつの間に後ろに!?』
『こいつ、何て速さだ! 全然目が追いつかなかったぞ!?』
ノアがココアと共に抜け出した瞬間、豚たちは再び驚愕の表情を浮かべている。
これは本当にふざけているのではないかとノアが自分でもポカンとしていると……
「ちょ、ノア、いま、な、なに?! どういうことだし!? なんか、ノアがメッチャ速かったんだけど! いったい今の何だし!?」
「え、ちょ、ココアまで……」
豚たちがふざけているわけではない。
今のノアの一連の動きはココアにとっても信じられないほどの速度で行われていたのである。
まるで自分だけ時間軸の違うような信じられない感覚にノアは余計に混乱する。
さらに……
『よそ見してんじゃねえッ!』
驚きながらも、臆さず豚の一匹が思いっきり拳を振りかぶって再びノアを狙う。
混乱していたノアもそのことに遅れて気づくが、ゆっくり近づいてくる拳にポカンとしてしまう。
「ナニコレ……ノロノロパンチ?」
友達同士でふざけ合って叩く手よりも遅いのではないか?
思わずそう思ってしまうような、思わず吹き出してしまいそうな、迫力も何もないパンチ。
もはや避けるのすらバカバカしいようなそのパンチにノアは試しに片手を伸ばしてパシンと受け止めてみた。
『は、はああ!?』
『『『『イイイイイッ!!??』』』』
「ノアァァああ!? まぢどうなってるし!?」
ノアのやったこと。
それはココアや豚たちから見れば、プロレスラーよりもデカい怪物が容赦なく思いっきり振りかぶって振り下ろしたパンチを、ノアの細腕で片手で苦も無く受け止めた。
あまりにも非現実的な事態に誰も空いた口が塞がらない。
そして豚の拳を受け止めたノアはあることに気づいた。
「なにこれ……手を掴んだだけで分かる……太くて大きいけど……なんて頼りなさそうな……まるで発泡スチロールを持っているような……え、えい!」
―――パキャ
『ッッ?! バギャアアアアアアアア、お、お、おおお、おれのう、う、腕ええ、ぐっぎゃああああああああああ!?』
「わ、と、取れちゃった……」
掴んで拳から感じる豚の肉体が、あまりにも脆いと感じたノアは、試しに腕を引っ張ってみた。
すると、豚の腕は肘から先が千切れてしまった。
大量の血が噴水のように噴き出して、異形の言葉でも理解できるほど、激痛でのたうち回る豚。
「の、ノア……な、なにを……」
「あ、あれ? わ、き、きたない……あ、あれ?」
人の腕を引き千切る。そんなことこれまで経験したことがあるはずもなく、考えたことすらない。
それゆえ、ノアももうこの非現実的な状況にまた先ほどのように吐くより、もはやどうなってしまったのかとココアに向かって苦笑の笑みを浮かべるしかなかった。
『し、信じられねえ、なんてバカ力だ、あの女ッ!』
『パワー、スピード、信じられねぇ……一体どれだけのレベルが……』
『くそ、怯むんじゃねえ! なら、魔法だッ! 魔法で一斉に燃やしちまえッ!』
『お、おうっ、そうだ!』
仲間二人が殺され、仲間の一人が腕を引き千切られる。
本当は逃げだしたいぐらいの恐怖を感じている豚たちだが、まだ自分たちの方が数は多いのだと、抗う。
『ぶひひい、風の刃で斬り裂いてやらァ!』
『俺様の炎の魔法で燃やしてヤラァ!』
豚二匹が前へ出て、その全身が発光。そして掌を前に翳した瞬間、蠢く風が、荒々しい炎が出現。
「え!? こ、今度はなに!? なんか風が……それに、手も燃えてる!」
「……?」
ここに来て、また訳の分からないことが起こる。
だが、ノアが驚きの声を上げる一方で、今度はココアが呆然と……
「あれ? なんだろう……うそ? なんで? 見てたら……やり方が……」
「ココア?」
「うん……うん……あ、こうやって、こうすれば……」
「ココ……えっ!?」
呆然としながらココアが両手を前に出す。
すると右手に蠢く風が、左手に荒々しい炎が出現した。
「え、な、なんで!? ココア、それなに!?」
『『『『『ッッ!!??』』』』』
今度はココアに皆が驚く。
「わ、分かんないし。だ、だけど、あの豚を見てたら……分かんないけど、なんか簡単な足し算の式を見て答えが暗算で分かったような? 分かんないけど、なんか見てたらやり方が分かったっていうか……」
ココアも分からない。
『あ、あの、肌の黒い女……ま、魔法というか……』
『嘘だろ?! 一人で、異なる属性の魔法を同時に……』
『じょ、冗談じゃねえ! あんなの、特級魔導士クラスの技術だぞ!?』
『な、なんだ、この二人は……なんだよこの二人は!?』
だが、分かっているのは、今度こそ豚たちは戦意が折れたのか、ついには全員が全身を恐怖で震え上がらせていることだけだった。
「あーし……あーし……」
何故ココアは自分がこんなことを出来るか、豚たちの力を見ただけで理解できたか分からない。
しかし、自分の手から風と炎を生み出すことができた。
それは不思議と……
「スゲー! まるで、ファンタジーの魔法だし! あーし、魔法使いみてーだし! ノア、見ろし! あーし、魔法使えてね!?」
現実の混乱や戸惑いより、もはや興奮へと変わった。
それは、ココアの普段の趣味によるものもあった。
普段から派手なギャルの格好をしているが、実はココア自身は漫画やライトノベルやアニメやゲームが趣味のかなり重度なオタクでもあるということだった。
それを熱く語るときは親友のノアすら少し引いてしまうほどの。
そんなココアの目の前に、物語に出て来そうなモンスター、そしてそれを蹴散らせるような力が自分に宿っている。
それを理解したとき、なぜこんなことになったのかと思うより、ココアの中で芽生えた想いは……
――試したい!
であった。
――あとがき――
ギャル無双
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