第4話 夕暮れの海岸線で➀

 「ちょっと、寄り道していかないですか?」


 (―――なんでだ?わざわざ、寄り道までする必要がないだろう)


 少し楽しそうな彼女の声が、海風にのって俺の耳にふいに届いた。俺は予想外の言葉に驚きを隠せずにいられない。夕日に照らされ茜色に染まった天満さんは、『にこっ』とまるで天使のように笑っていた。


 「まぁ、とりあえず目的地を教えてくれ。それからだ。」

 「......齋場君って......勘が悪いんですね」

 「え?なんでだ?」

 「はぁ~もう、上総湊駅って言ったら一つしかないじゃないですか。海ですよ海!実は私のお気に入りスポットなんですよ。齋場君も一度は行ったことがあのではないですか?」

 

 そんな所があるなんて知らなかった。この駅の近くには海があるなと思っていたが、まさか海岸線までいけるなんて。正直なところ、少し行ってみたいところではある。


 「まさか、知らなかったんですか?!半年もこの高校に通っているのにもかかわらず」

 「いや、知ってた、知ってたって!」


 (―――うん。俺は知ってた。うん、たぶん)


 「まぁ、どちらでもいいですけど、結局行くんですか?行かないんですか?」

 

 天満さんは眉間にしわを寄せて、俺に早く早くと迫ってくる。なんで、そんなに俺を海に連れていきたいのだろうか。俺にはよくわからないが、天満さんがおすすめするぐらいだろう。どれだけきれいなものなのか、一度は見てみたいというところが本音である。


 「よし今日予定ないし、行くか」

 「ありがとうございます。では行きましょう。こっちです」

 「し、知ってるわ」

 

 天満さんの表情は一気に笑顔に変わり、まるで満開に咲いたひまわりのように晴れ晴れとしていた。


 しばらく歩くときれいな海岸線が見えてきた。


 「どうですか?とっても綺麗だと思いません?」

 「あぁ、とっても綺麗だ」


 これほどに綺麗な海岸線を俺は見たことがなかった。なんとも、『綺麗』という言葉以外浮かばない、いや何にも言い表せないからだろうか。それほどに美しかった。

 

 ふと、俺は天満さんの方を見た。先を行く彼女は顔をこちらに向けて『綺麗でしょ?』と如何にも言いたげな顔をしている。歩いている目の前には夕焼けが反射して輝いている海が見える。


 (―――綺麗な海に、綺麗な同級生。ここは夢なのか?はぁ~、俺なんでこんな所いるんだろう)


 自分が嫌になってくる。一人で穏やかな学校生活を高校で送りたのに、なんでこんなことに付き合っているんだろう。中学校の努力していた俺ならまだ、天満さんと釣り合っていた可能性はあっただろう。なんで、続けなかったんだろうと思ってしまう。


 (―――俺は馬鹿か、自分で決めたことなのに。そんなこと考えたってしょうがないだろう)


 「どうしたんですか?そんな悲しそうな顔をして。どうかしました?」

 「いや、なんでもない!お前には関係ないことだ」

 「へぇ~、そんなに知られたくないんですね。実はそのことについて一つ話したかったんですよ」


 彼女は意地悪そうな表情を浮かべ、こちらを向いている。からかっているようでもあるが、自信があるようにも見える。話したいこととは何だろうか。なんだろう、関わって半日も経っていない天満さんが俺ことで気になる質問だなんて。


 「まぁ、実は知ってますよ。」

 「だよな。知ってるわけ......は?」

 「だから、もうすでに知ってますよ?」

 「ちょっと待て、うそだろ?まずそもそも、内容なんて知らないだろう」

 「え~っとですね、中学校の頃の齋場君......について?って感じですね。あっていますか?」


 待て待て待て、なんでこいつが知ってるんだ?もう、知られている以上否定することはできないだろう。それにしても、誰かから聞いたのか?衝撃的すぎる。もし、聞いたのならほとんどの確率で永伍しかいないだろう。


 「あっては......いる...。そんなこと、誰から聞いたんだ?」

 「......黙秘権です。自分で考えてみてください」


 (―――意外と天満さん口堅いんだな。てか、誰だ?絶対許さない)


 なぜか感心してしまう自分が怖い。あっ、それよりもまた口止めをしなければいけないじゃないか。なんでこんなことに。


 「わかった、考える。それよりも、このこと言わないでもらってもいいか?理由は天満さんだったらわかるだろ」

 「そんなこと知ってますよ。あんまり、見下さないでくださいね?こう見えても口は堅い方なんですよ?」


 とりあえずはこれで安心だ。でも、保証がない。もしもばらされた時、俺の身を守る相手の秘密がないのだ。この場合は、天満さんの何かしら秘密を持っておくのが公平になるだろう。しかし、彼女が言ってくれるのだろうか。俺なんか、今日知り合って帰り道を一緒に帰っている、イケメンでもないただの陰キャ男だぞ。


 (―――まぁ、聞く分だけ可能性はあるか)


 「なぁ、永伍だろこの事言ったの。というか、このままだともし天満さんがばらしたときに、俺の方が不利じゃないか?」

 「といいますと?」

 「俺もお前の秘密をもっていた方が公平だってことだ」

 「そういうことですか。ちょっと考えさせてください。因みに言っておきますけど、大館君じゃないですよ?学級委員同士だからっていう魂胆ですね。少し安直じゃないんですか?」


 (―――天満さんって学級委員やってたんだ)


 天満さんは楽しそうに『クスッ』と笑ったと思ったらすぐに海の方を見て、考え始めてしまった。それにしても、永伍じゃないだと?そしたら、他に誰がいるんだ?俺には全く分からない。


 改めて海を見てみると、本当に綺麗だ。この場所を知らなかったんだなんて本当に損していたなと思う。もし、俺にこんな彼女はいればなぁ。まあ、そんなことはありえないよな。時間は刻一刻と過ぎていき、5分経ったところで口を開いたのは天満さんの方だった。


 「ん、今なんか変なこと考えていませんでした?」

 「馬鹿か!考えてないわ」

 「...そうでしたか。それと、ヒントだけならいいですよ」

 「本当か?!じゃあ、さっそく教えてくれ」


 右隣にいる天満さんの髪は海風に吹かれ、ふわりといい匂いが俺に届いた。

 俺に迫られた彼女はすぐに口を開いて言葉を放つ。彼女から放たれた言葉は俺の想像とは全く違ったものだった。

 

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