第3話 久しぶりの帰り道

 「あの......一緒に帰りませんか?」


 俺の頭に一瞬、『?』が浮かぶと同時に焦りを感じだす。まず、そもそも俺なんかと帰るメリットがないだろう。それに、俺と一緒に帰っているところを見られでもしたら、明日なんて言われるか想像もできない。


 あくまで、平然を装って俺は喋り始める。


 「......なんで...だ?」

 

(―――平然を装えてただろうか。恐らくできていないだろう)


 「別に、何でもないです!忘れてください!ただ、ここまで一緒に来たのに帰る時は別々なんだな......と思っただけです。.すいません、私が間違ってましたよね。」

 

 天満さんは、苦笑いを浮かべながら『やっぱりか』といったような表情をしてる。

 

 「いや、いいぞ」


 俺は、少しからかいたいという気持ちもあり、遊び心で承諾をしてみた。


 「っえ?いいんですか!?ダメかと思ってました」

 

 天満さんの表情はさっきと一変していた。大きく開いた目はまるまるとしていて、まるで子供が欲しかったおもちゃに目を輝かせているかのような感じにも思える。


 「別に、お前がいいなら俺は断る理由がないからな。俺と二人で帰ってたって噂になっても責任は取らないけど。」

 「それは、承知しています」

 「てか、誰かと一緒に帰るなんて何か月ぶりだろ。なんか懐かしいな」


 (―――あっ、やべ。つい、口滑らしていらないこと言ってしまった)


 「そうでしょうね。いつも寝ている齋場君に、一緒に帰ってくれる友達がいるとはあまり思えませんからね。......というか『懐かしい』ということは、昔は違ったっていうことなんですか?」

 「最初の言葉は気に気わないが、後者は......まあ...あってる」

 「そうだったんですね」


 二人の間に気まずい空気が流れだす。なんて話せばいいのかよくわからない。こんな所でいままで女性と話してこなかったことに後悔するなんて一ミリも考えていなかった。柏原高校の最寄り駅は上総湊駅で歩きで、二十分弱はかかるだろう。その間をどうやったら乗り切れるだろうか。


 「なぁ、お前帰りどっち方面なんだ?」

 

というのも俺が通っている学校には大きく分けて木更津方面からくる生徒と、館山方面からくる生徒がいる。因みに、俺は木更津駅に住んでいる。まあ、会話を繋ぐ話題としては十分だろう。

 

 「私は、木更津駅までですよ」

 「え?!」

 「どうしたんですか、そんなに予想外でした?それで、齋場君はどっちなんですか?」

 「いや、俺も木更津駅だったから」

 「そうなんですか、偶然ですね」


 天満さんは俺がとった反応とは違い落ち着いていて冷静だった。まるで、元から知っていたのではないかというような振る舞い具合だ。しかし、俺の家の最寄り駅なんて知ているはずがない。というか、知る伝手がないだろう。


 (―――興味がないだけか)


 会話が途切れてしまった、と思ったが今度は天満さんが先に口を開いてくれたので少し安堵した。しかし、彼女の口から放たれた言葉は奏が想像していたことの斜め上を行くような質問だった。


 「......さっき、何の曲弾こうとしていたんですか?別に、深い意味はないんですけど単純に気になったので。」


 俺は内心『どきっ』っとした。というのも、俺はあまり自分から積極的に趣味を言うような性格ではない。というか、言えるような性格ではなくなってしまった。中学生の時は何とか話題についていこうとごまかしていたが、今この状況でごまかせるほどのトーク力はあいにく持ち合わせていない。恥ずかしいが、ここは素直に言うのがいいだろう。


 「馬鹿にしたり、笑ったりするなよ?」

 「はい。約束します」

 

 俺はちらりと彼女の方を見て少し間を開ける。

 

 「『cherry blossom』っていう覆面のソロシンガーんだけど......」

 「......!?......そうなんですね!」


 (―――一瞬、天満さんが驚いたようにも思ったが気のせいだろう。せっかく振ってもらった話題だ、もっと会話を広げないと)


 「あの人の曲は自分が弾いていて気持ちがいいんだよ。さらに、透き通ているような歌声は今まで聞いたことがないくらいに綺麗っだと思ったんだ。お前知らないか?結構、有名だと思うけれど.。」

 「......あはは、もちろん知ってますよ?」


 天満さんはあからさまな作り笑いをしてきた。やはり知らないのだろう。だがなぜだろう、彼女の頬は少し赤くなっていた。


(―――いや考えすぎか、俺の勘違いだろう。多分、夕日に照らされているからだ)


 天満さんは少し恥ずかしそうにしながら、俺に質問をしてきた。


 「もし、近くにその覆面シンガーさんがいるとしたらどうしますか?」

 「あはは、馬鹿か!そんなことあるわけないだろう」

 「もし、もしいたらの話です!」

 

 唐突の質問に俺は動揺を隠せなかったが、俺が言うことは前から決まっていた。


 「そりゃあ......生の歌声を真っ先に聞きたいに決まっているだろ。そんなことがあったらいいのになぁ」

 「まあ....そうですよね」


 天満さんは優しい微笑みを浮かべてこちらを向いたきた。その顔はどこかもの言いたげな感じでもあったが、俺はそんなことに気が付くはずもなくただ彼女の美しさに見とれていた。


 『cherry blossom』の事を知ってからぜひ会ってみたいと思っていた。だけど、なんせ相手は覆面だ。いたとしても気づくことなんてできやしない。しかし、彼女の所存を知った時には絶対に生の歌声を聞かせてもらうと心に決めているのだ。


 「話変わりますけど、結局私のこと『お前』って呼ぶんですね」


  (―――しまった。いつもの永伍の感覚で会話していた)

 

 「ごめん、まったく気が付かなかった!以後気を付けるから許してくれ」

 「そこまで怒ってないですよ。たださっきそう言ってたのになーって思っただけです」


 天満さんは、さっきと打って変わって意地悪そうな表情を浮かべながら、笑っていた。


 その後も、二人の会話は途切れるどころか弾む一方で、あっという間に地獄かと思われた二十分はあっという間に過ぎていった。次第に、小さなロータリーの先には瓦屋根の駅舎が見えてきた。この場所はいつも来ているのに、なぜかいつもと違うように感じる。


 「ちょっと、寄り道していかないですか?」


 少し楽しそうな彼女の声が、海風にのって俺の耳にふいに届いた。

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