第36話 安心感
美紀ちゃんを助けてから、二人で電車に乗り込んでやってきたのは、港町横浜。
事前にデートするならどこに行きたいと安野君に聞かれて、『海が見えるカフェとかいいなぁー』と言ったのがきっかけ。
あまり期待していなかったとはいえ、まさか本当に港町をデート場所に選んでくれるとは思っていなかった。
安野君は本当に優しいんだなと実感する。
それだけでも、これから始まるデートも絶対楽しいと思えてしまうのだ。
「早速だけど、ちょっとついてきて」
安野君に言われて、後をついて行く。
連れて来られたのは、大手ファッションチェーンのお店。
安野君はそのままレディースコーナーへと向かって行き、シアーシャツを手に取る
と、そのまま私へ手渡してくる。
「お願い、デート中これ着てて欲しい」
安野君が私にシアーシャツを渡しながら言ってくる。
そこで、やはり私の服装が似合っていなかったんだなと言うことに気付かされた。
「ごめんね、見苦しいもの見せちゃったよね」
「そうじゃない!」
私が卑下した言葉を口にすると、安野君はすぐさま否定する。
「その……なんというか、凄い魅力的だよ。魅力的なんだけど……刺激が強すぎると言いますか……」
安野君はつっかえつっかえ言葉を口にしながら、みるみると顔が紅潮していく。
「わ、分かった……」
なんだかこちらまで恥ずかしくなってきてしまい、顔が熱くなってしまう。
「と、とにかくこれ買ってくるからちょっと待ってて」
「えっ、私が払うよ?」
「いいから、すぐ買ってくる」
そう言って、安野君は一人レジへと向かって行ってしまう。
しばらくして、会計を終えた安野君が戻ってくる。
「はい、どうぞ。店員さんにお願いしてタグも取って来てもらったから」
そう言いながら、シアーシャツを広げて、着させようとしてくる。
私は後ろを向いて袖を通していく。
「あ、ありがとう……」
思ったよりも肌触りが良く、これなら肌がチクチクすることもないだろう。
シアーシャツが加わったことにより、少々大人の雰囲気がより一層加わったような気がする。
「その……俺はすげー嬉しかったんだけどさ。他の人にも注目されてたから。外でのデート中は羽織っておいてくれると助かる」
恥を忍んで、安野君がそう言ってきてくれる。
何だかまるで、『俺の奴意外に易々と肌を曝け出すな』と言っているような感じがして、きゅんとしてしまう。
これってもしかして、いわゆる嫉妬心って奴!?
「い、行くぞ……」
耐えきれなくなったように、安野君は踵を返して歩き始めてしまった。
そんな彼の後姿を見つめながら、私はふっと綻んでしまう。
ヤバイ、嬉しすぎてにやにやが止まらないよ……。
胸の鼓動が高まるのを感じながら、私は安野君の後をついて行くのであった。
お店を後にして、私たちは再び桜木町駅前へと戻ってくる。
そして、駅前にあるロープウェイ乗り場へと向かっていく。
数年前に観光目的で作られたというロープウェイ。
事前にネットで調べた情報によれば、このロープウェイに乗り込めば、港町横浜の景色と観光名所を一望できるとのこと。
早速乗り込んだのだけれど、価格を見てビックリ。
一キロもない距離なのに、片道1000円もかかるのだ。
いくらVtuberとして稼ぎがあるとはいえ、これは高いと思ってしまう。
私達は向かい合ってロープウェイに乗り込み、ゴンドラに揺られながら横浜みなとみらいの街を一望していく。
「横浜って初めて来たけど、凄くおしゃれな雰囲気なんだね」
「そうだね。俺も実は初めてなんだ」
「えっ、そうなの?」
てっきり私は、安野君が良く行き慣れているから横浜をデート場所として選んだのかとばかり思っていた。
安野君は後ろ手で頭を掻きながら照れ笑いを浮かべる。
「一応、ちゃんと下調べはしてきたんだけど、お眼鏡にかなわなかったらごめんね」
「ううん! そんなこと思わなくていいよ。私は安野君と行ける所ならどこでも嬉しいから」
「そう言ってくれると、こっちとしても助かるよ」
安野君はほっと胸を撫でおろしていたものの、私からすればどこへ行くとなっても、安野君と一緒であれば絶対に楽しい自信がある。
これは、心からの本心だ。
「でも良かったよ。一緒に初めての街に来ることが出来て」
なに、そのロマンチストみたいなセリフ⁉
私と初めての体験を出来て嬉しい的な!?
「ってごめん、ちょっと気持ち悪いよね」
「そ、そんなことないよ! わ、私も安野君と一緒に来れて、う、嬉しいから……」
「本当に?」
「本当だよ。じゃないと、こんなにドキドキしてないよ」
「そ、そっか……」
二人の間に、また得も言えぬ沈黙が流れてしまう。
あぁもう!
何でこうなっちゃうの⁉
私は外の景色を眺めながら、なにか話題はないかと必死に探す。
すると、巨大な観覧車が目に入って私はそれを指差した。
「あの観覧車凄いね! 乗ってみたいなぁー!」
「あぁ、横浜で有名な観覧車らしいよ。陽が沈む頃に乗ると、夕日と横浜の夜景が輝いて見えるんだって」
「そうなんだぁー!」
「後で乗って見ようか」
「えっ、いいの?」
「もちろんだよ。今日は寺花さんのご褒美なわけだし、目ぼしいところがあったらどんどん言ってね。沢山楽しい思い出を作ろう」
きっと、安野君だってデートプランは考えてきたはずだ。
なのに、今回のデートはあくまで私の3Dライブ成功祝いのご褒美だと言ってくれる。
本当に頭が上がらないし、感謝の言葉だけじゃ伝えきれない。
「ありがとう安野君!」
私は決めたんだ。
安野君の前では素の自分を見せるって。
だから、安野君が言ってくれた通り、目ぼしいところがあったら何でもチャレンジしたいと思う。
私がこうして素の姿でいられるのは、安野君の前だけなんだから。
あっという間にロープウェイの終点へと到着して、ゴンドラから降りる。
「はい、寺花さん」
降りる際、先に降りた安野君が手を差し伸べてくれる。
「ありがとう」
私は安野君の手を取り、ゴンドラから飛び降りた。
そこで、彼が手を放そうとしたのだが、私はそのままぎゅっと握りしめたまま離さない。
安野君が目をパチクリとさせながらこちらを見つめてくる。
「このままじゃダメかな?」
恥ずかしさに耐えながら、私が勇気を振り絞って言うと、安野君はボソッと一言。
「別に、寺花さんがそうしたいなら」
そう言って、彼は私の手をぎゅっと力強く握り返してきてくれた。
安野君の手は、私と違って大きくてごつごつしている。
彼の手に包まれると、私はこの上ない安心感を覚えるのだ。
だから、見知らぬ土地へ初めて二人で来ても、こうして手を繋いでいたら、彼が隣にいてくれるだけでほっと出来てしまうのである。
私達の間に甘酸っぱい雰囲気が生まれつつ、二人手を繋いで歩きながら、横浜の街を散策していくのであった。
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