第37話 彼女のことが……

 色々とハプニングはあったものの、俺は落ち着きを取り戻し始めていた。

 桜木町の駅を降りてから、寺花さんの美貌も相まって、多くの視線が注がれていた。

 中にはカップルの男の人がジロジロと見つめて来ていて、俺は凄く不快感を感じてしまった。

 すぐさまお店で羽織るものを購入したのは正解だったと思う。

 おかげで、寺花さんの露出度が多少減少したことにより、周りからの目線も気にならず、デートに集中することが出来るのだから。


 ロープウェイを降りてからは、寺花さんが目ぼしいお店を見つけては、お店の中に並んでいる商品を見て回るという、いわゆる普通のショッピングが始まった。

 あーでもない、こうでもないと言いながら吟味する寺花さんを見ていたら、なんだかこっちまでおかしくなってきてしまって、思わず笑みが零れてしまう。


「どうしたの?」


 それに気づいた寺花さんが、首を傾げて尋ねてくる。


「いやっ、そんなに悩んでるなら、両方買えばいいのにと思って」

「そうじゃないの! こういうのはもっとこうインスピレーションみたいなものが大事なの!」

「それって直感って事?」

「まあ、そうだけど……」


 ちょっと唇を尖らせながらむすっとした表情を浮かべる寺花さん。

 どうやら、寺花さんなりのショッピングに対するポリシーみたいなものを垣間見た気がする。


「あっ、見て見て安野君!」


 すると、寺花さんが俺の手を引いてやってきたのは、食器売り場。

 寺花さんが指さす先には、可愛らしいクマのペアカップが置いてあった。


「これ可愛くない?」

「ホントだ」


 置いてあったのは、青とピンクのリボン模様の入ったマグカップ。


「しかもこれ、並べたらハート型になるんだよ」


 寺花さんが興奮した様子で、そのマグカップを両手に持って重ね合わせると、青とピンクのリボンが重なり、ハートの形が現れた。


「これ、お揃いで使っちゃう?」

「えっ⁉」


 突如そんなことを言われて、俺は反応に困ってしまう。

 デートの記念にお揃いのものを買うのはやぶさかではないものの、このペアマグカップは明らかに……。


「安野君はこういうの嫌だ?」

「嫌じゃないよ! 嫌じゃないんだけど、何ていうかその……」


 恥ずかしいとは口に出せないよ!

 寺花さんをここで悲しませたくないし……。


「分かったよ。一緒に使おう。そのマグカップ」

「いいの?」

「うん。何かお揃いのものを買って使うのってやって見たかったんだよね」

「だよね! 私もやってみたかったんだ!」


 テンション高めに、寺花さんはそのマグカップへ視線を送る。


「えへへっ、安野君とペアカップ……他の人には内緒だよ」


 そう言って、秘密めかした様子で言ってくる寺花さん。


「だね」


 俺はありきたりな返事を返すことしか出来ない。

 きゅっと胸が締め付けられてしまって、それどころではないのだ。


「それじゃあ、私買ってくるね」

「いや、俺が買うよ」

「いいって。私が提案したんだから私に買わせて」

「今日は寺花さんの3Dライブお疲れ様会も兼ねてるんだから、ここは俺に出させてよ」

「でも、さっきこのカーディガン買ってもらっちゃったし……」


 そう言って、寺花さんは申し訳なさそうにカーディガンをペラりと捲る。


「それは俺がそうして欲しくて買っただけだから気にしないで!」

「気にするよ! 私、安野君に頼りっぱなしなだけじゃいやだ」


 結局、商品を手に持っていた寺花さんが離さなかったので、ここは寺花さんに支払ってもらうことになってしまった。

 会計を終えて、ペアのマグカップが入った買い物袋を手に持ちながら戻ってくる彼女の表情と言えば、それはまあ心底嬉しそうで……。


「じゃじゃーん! 買って来ましたー!」

「あ、ありがとう」

「いえいえ! どうしたしまして。これは、日ごろからお世話になってる安野君へのプレゼントって事で!」

「分かったよ」



 いつもお世話になっているのは俺の方だというのに、本当に寺花さんには適わないな。

 そんなことを思いつつ、俺達はモールを後にして、次に向かったのは横浜でも有名な観光スポットである赤レンガ倉庫。

 倉庫内はお土産屋となっており、案の定ここでも寺花さんは色んなものに目移りしていた。


「やっぱり、都会は色んなものがあって楽しいね!」

「そうかな?」

「安野君は田舎での生活を経験したことがないから分からないんだよ。田舎の娯楽のなさを」


 確かに、俺は幼い頃からずっと都会で暮らしてきたので、田舎暮らしというものをあまりよく知らない。

 祖父母の家も両家都内にあるため、自然豊かな長閑な生活というものをしたことがないのである。


「買い物はイ○ンしかないし、大人は連日パチスロ通い。テーマパークみたいなアクティビティ施設もなければ、最悪ネットが繋がらない場所だってあるんだから」

「えっ、未だにネットが繋がらない場所ってあるの⁉」


 まさか、この現代ネットワーク社会においてスマホが使えない地域が存在しているとは……。


「でもこっちに住み始めてから時々思うんだ。こっちは何でもあって便利だけど、ゴミゴミしてて毎日がせわしなく動いてるなって。向こうは時間の流れも緩やかで、心が安らぐの。だから。無性に田舎が恋しくなる時があるんだ」


 そう言って、寺花さんは懐かしい田舎暮らしの頃を思い出すように、どこか遠くを見つめていた。


「ねぇ、今度一緒に、私のおばあちゃんが住んでる地元に行かない?」

「えっ、俺と一緒に?」

「安野君と一緒がいいの! 安野君と一緒なら、田舎暮らしも退屈じゃないかもしれないでしょ? それに田舎暮らししたことがない安野君だからこそ、新たな田舎暮らしの発見があるかもしれないしね」


 そんなことを語りながら、俺と田舎へ行くことをシュミレートするように期待に胸を膨らせる寺花さん。


「まあ、機会があったらその時は誘ってよ」

「うん! 絶対誘うから、『行けたら行く』とか言わないでね」

「分かったよ。ちゃんと誘われたら行きます」

「それでよし!」


 寺花さんが満足げに微笑む。

 そんな笑みを見ているだけで、俺の心は勝手にざわついてしまう。

 彼女の仕草一つ一を目で追ってしまうほどに、俺は魅了されてしまっているのだ。

 

 もう自分の気持ちを隠すのは止めよう。


 俺は寺花さんが好きだ。


 でも、俺のこの気持ちを、彼女に押し付けることは出来ない。

 俺がそんなことをしてしまったら、彼女の人生を左右することになりかねないのだから。

 だから俺は、このデートで寺花さんに対する気持ちにキリを付ける。

 そう心の中で決めているのだから……。

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