第26話 学校のアイドルとしての危機
昼休みを終えて、迎えた午後の授業中。
右隣に座る有紗は、授業を聞く様子もなくうつ伏せになって眠ってしまっていた。
一方で、左隣へと視線を送ると、学校の『アイドル』こと寺花さんが、真剣な様子で授業を聞いている。
き、気まずい……。
しかし、昼休みの一件があるため、俺と寺花さんの間には、何とも言えない空気感が漂っていた。
どちらからも声を掛けることはなく、ちらちらと様子を窺っている状態。
無視するわけでもなく、互いに探り合いを入れている。
まさに、距離感を計っているとは、このことを言うのだろう。
明らかに時折寺花さんからの視線を感じるものの、俺は見て見ぬふりをして黒板に板書された内容をノートに書き写していく。
その時、俺と寺花さんが様子を窺うタイミングが重なってしまい、視線が交わってしまう。
どちらも驚いた様子で目を見開いてから、はっとした様子で目を逸らす。
うぅ……どうして目が合うだけで、こんなに胸がざわつくんだよ……。
むず痒い時間を過ごしつつ、寺花さんとの心理戦を繰り返しているうちに、あっという間に午後の授業を終え、放課後を迎えてしまった。
HRの挨拶を終えると、クラスが一気に騒がしくなる。
寺花さんは、そそくさと帰り支度を済ませていた。
恐らく、ライブ直前ということもあり、ダンスレッスンや準備も大詰めなのだろう。
「美月―! 今日は空いてるー?」
すると、前の方からやってきた水田さんが、この前と同じように寺花さんを放課後の遊びに誘いに来た。
「ごめん、今日も予定があるの」
申し訳なさそうに寺花さんが断りを入れると、水田さんの眉間に皺が寄る。
「ねぇ美月。美月の予定って何なの?」
「えっ? それはそのぉ……」
単刀直入に聞かれ、言葉に詰まる寺花さん。
それを見た水田さんが、不満げに言葉を紡ぐ。
「私達って友達だよね? それなのに、予定の内容もいえないワケ?」
「そうじゃないの……ただ、言える時が来たら言おうと思ってただけで……」
二人の間に、不穏な空気が漂い始める。
俺は気づかれぬよう、耳を澄ませて二人の会話を聞いていた。
「言える時が来たらって何? それって、私のことが信頼できないって事?」
「違う! そうじゃないの」
寺花さん必死に弁明しようとするものの、水田さんの言葉によって遮られる。
「じゃあどうして教えてくれないの? いずれ言おうとしてくれてたなら、今でもいいじゃん。バイトしてるならバイトしてるって言ってよ。どんなことしてるにしても、私は美月の事を受け入れるし、幻滅なんてしないよ!」
水田さんがそう言い切ると、寺花さんは視線を俯かせてしまう。
「亜紀はそうかもしれないけど、周りは違うよ。私はみんなに迷惑を掛けたくないの」
「迷惑かけたくない? なにそれ? そんな事美月が思う必要なんてないでしょ⁉」
二人の言い争いが激しくなっていくと、教室中の視線が二人の注がれ始めた。
「どうしたんだ?」
「なんか、寺花さんと水田さんが揉めてるっぽい」
「仲裁に入った方がいいか?」
教室中がざわざわと騒ぎ始め、寺花さんはさらに委縮してしまう。
「何か言ったらどうなの?」
だんまりを決め込んでしまった寺花さんに対して、水田さんは苛立ちを隠せない様子で足をガツガツと床に何度も打ち付け始めた。
学校の『アイドル』が、実はVtuberの中の人として活動してます。
そんなことを教室という公の場でバラしてしまったら、今まで学校で積み上げてきた寺花さんの立場が危うくなってしまう。
彼女が沈黙を貫いているのはそれが理由。
それだけではない。
きっと、Vtuberの中の人であることを、親族や関係者以外に出来るだけバラさないよう、事務所からも言われているはず。
もちろん、俺に教えてくれたのは寺花さんなりに信頼してくれていたからなのだろうけど、今この注目されている場でカミングアウトするのは、いわば自殺行為に等しい。
言いたくても、注目されてしまっているため、余計に言えない状況になってしまっているのだ。
水田さんは冷静さを失ってしまっているので、そんなこと全く気にしてないのだろう。
「私は……」
寺花さんが震える声で続きの言葉を紡ごうとするものの、何と言えばいいのか分からないのか、上手く言葉が出て来ずに吐息だけが空を切ってしまう。
水田さんの怒りのボルテージがさらに上がっていくのを感じた。
何か……何かこの状況を変えられる一手はないか?
俺は、必死に今の状況を打開する策がないかと思案する。
もしここで、寺花さんがVtuber桜木モモであることをカミングアウトしてしまったら、間違いなく今後のVtuber活動に影響が出てくるのあは避けられない。
最悪の場合、活動休止や引退なんてことも考えられるだろう。
桜木モモファンとして、それは何としても阻止しなければならない。
さらに言えば、学校の『アイドル』としての立場を今まで築き上げてきた寺花さんの努力が、すべて水の泡となってしまうのもある。
今の立場は、彼女自身が自分で決めた道であり、それも含めて彼女なのだと俺は受け入れたというのに、こんなところで均衡が崩れてしまうなんてあんまりだ。
寺花さんが学校の『アイドル』でなくなってしまうことは、彼女にとって一つアイデンティティの失ってしまうと言っても過言ではないのだから。
「私は……」
先ほどからその言葉だけを繰り返しては、必死に何かを堪えるようにきゅっと唇を引き結ぶ寺花さん。
彼女がこんなに困っているというのに、今手を差し伸べてあげなくていつ差し伸べてあげるというのだろうか。
そして、俺の中で決心がついた時には、身体は勝手に動いていた――
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