第25話 ライブが終わったら……
翌週、有紗は何事もなかったかのように平然と学校へ登校してきた。
「おはよ」
俺が自席に荷物を置くと、いつものようにスマホをポチポチと弄りながら、淡白な挨拶を交わしてくる有紗。
「……おはよう」
俺も素っ気ない挨拶を返して、自席に腰掛ける。
有紗の様子をちらりと窺うものの、いつもと変わらず無心にスマホを操作しており、どこか変化があった様子はない。
きっと色々とやらが終わったから、こうして学校へ来たのだろう。
どうして休んでいたのか、有紗に聞きたい事は山々だったけど、先日家を訪れた際、彼女に答える意思がないことを感じ取ってしまったため、これ以上問いただすのはただの迷惑になってしまう。
有紗が言いたくないなら、無理強いは出来ない。
けれど、俺の中にはモヤっとしたしこりのようなものが残った。
◇◇◇
昼休み。
俺は寺花さんに呼び出され、家庭科室で一緒に昼食を取り終えたところだった。
寺花さんは大きなため息を吐き、調理台にうつ伏せになってしまう。
「安野くーん。マッサージして?」
「えっ、俺が?」
「うん……もう肩が筋肉痛でバキバキなの」
寺花さんが自身の肩を掴みながら苦痛の表情を浮かべている。
恐らく、ダンスレッスンで普段あまり使わない部位を使っているから、筋肉が炎症を起こしてしまっているのだろう。
「安野君! はーやーく!」
「わ、分かったってば……」
寺花さんに急かされて、俺は立ち上がって寺花さんの背後へと回る。
「それで、どの辺をマッサージして欲しいの?」
「肩から肩甲骨に掛けて。腕上げるだけで痛いの」
そう言いながら、寺花さんは首を左右に揺らして肩の凝りを確かめていた。
制服越しでマッサージという施術行為とはいえ、学校のアイドルである寺花さんの肩に触れることは勇気がいる。
依然保健室に連れて行った時は、寺花さんの調子も悪そうだったので、咄嗟におんぶしてしまったけど、あの判断も後々凄く後悔してしまったのだから。
「ねぇー! はーやーくー!」
「う、うん! わ、分かったよ」
甘えるような声で寺花さんに急かされて、俺は一つ息を吐いてから両手を寺花さんの肩へと近づけていく。
俺は恐る恐る、寺花さんの肩へ手を置いた。
制服越しからでも伝わってくる、寺花さんの体温。
襟元から見える首筋とうなじが、俺の欲情を駆り立てる。
「そ、それじゃあ行くよ?」
「うん、お願い」
俺は意を決して、彼女の両肩を掴んでゆっくりともみほぐしてあげる。
「あーいい感じ。イデデデデ……」
寺花さんの肩はふにふにとした感触がして、全然筋肉が張っているようには思えない。
「全然柔らかくて、凝ってるように思えないんだけど」
「すっごい効いてるよ……肩甲骨の辺り押されると凄く気持ちいい……。んっ♡」
肩甲骨の辺りをぐいっと指圧してあげると、寺花さんが唐突に悩ましい声を上げた。
「ライブの準備、随分と大変みたいだね」
俺は変な気を逸らすようにして、寺花さんに話を振ることにした。
「うん。やっぱり3Dライブって言ったら、『フラッシュライフ』の花形と言っても過言ではないからねぇ。安野君だって、3Dライブ楽しみにしてるでしょ?」
「そりゃもちろん、楽しみにしてるよ」
「んじゃ、私が最高のライブをするためにも、練習頑張らないと!」
そう言って、ぐっと伸びをする寺花さん。
俺は咄嗟に手を放して、寺花さんの余韻が手に残っているのを感じつつ、頑張っている寺花さんに何か出来ないかと考える。
とそこで、俺の中で一つの案が思い浮かぶ。
「それじゃあさ、3Dライブが無事成功したら、寺花さんがしたいこと俺が一つ叶えてあげるよ」
「えっ、安野君が?」
「うん、寺花さん今頑張ってるから、終わった後のご褒美って事で」
「……いいの?」
「もちろん。俺だって、寺花さんのライブは成功して欲しいと思ってるからさ」
普段から気を張っている寺花さんだからこそ、終わった時にご褒美として何かしてあげたいと思ってしまったのだ。
寺花さんは、顎に人差し指を当ててしばし考えるような仕草を見せる。
「うーん……それじゃあ……」
考え考えしてから、寺花さんは顔を赤らめながら言ってくる。
「ライブが無事に成功したら、今度の休日、安野君とデートしたい……かな」
「えっ、俺と!?」
「ダメ……かな?」
潤んだ瞳でこちらを上目遣いに窺ってくる寺花さん。
そんな彼女の視線を受けて、俺は咄嗟に目を逸らしながら、後ろ手で頭を掻く。
「いや、ダメではないけど……」
「じゃあ、それで決まりってことで」
「うん、分かった……」
寺花さんとデートだと!?
一体どういう風の吹き回しだ?
寺花さんは俺に恋愛感情なんて持ってないはず……。
あれ、何か寺花さんがちらちらこっちを窺っている?
もしかして……いや、ないない!
寺花さんは俺のことを信頼してくれてるみたいだけど、俺みたいなモモちゃんオタクの事を、好きになるはずがないんだから!
変に寺花さんのことを意識してしまい、二人の間に気まずい沈黙が生まれてしまう。
心なしか、甘酸っぱい雰囲気が漂っているのは気のせいだろうか?
何だ、このラブコメみたいな雰囲気は⁉
おかしい。
俺は寺花さんとそう言う関係じゃ――
「わ、私! 先に教室戻るね!」
「あっ、寺花さん!」
すると、寺花さんは沈黙に耐えられなくなってしまったらしい、お弁当箱を抱えて、そそくさと家庭科室を後にしてしまう。
俺が制止の声を上げるものの、彼女は一目散に家庭科室を飛び出して、驚異s津へと戻って行ってしまった。
無造作に扉が閉められ、家庭科室に静寂な空気が流れ始める。
取り残された俺の胸の鼓動は、なぜかドクン、ドクンと強く波打っていた。
あれ……なんで俺、こんなに心臓バクバクしてるんだろう?
それに、この胸がきゅっと締め付けられるような感じはなんだ?
もしかして俺……寺花さんの事……。
いや、何を考えてるんだ俺⁉
相手は人気Vtuberをやっていて、学校では『アイドル』と呼ばれている存在だぞ。
万が一寺花さんの彼氏が俺なんてなったら、寺花さんがどれだけ裏で陰口を言われるか分かったものじゃない。
俺なんかが見合うわけがないのである。
それに、寺花さんはVtuberモモちゃんとしても活動しているのだ。
仮に彼氏がいるなんてバレた暁には、世間からの大バッシングを食らう羽目になってしまう。
それこそ、この世の終わり。
モモちゃんは活動どころではなくなってしまうだろう。
そんな最悪の状況を想像していると、とある寺花さんの言葉が俺の脳内でフラッシュバックした。
『私が引退したら。安野君がモモちゃんを独り占めできるんだよ?』
もしあの言葉が、寺花さんの本心だったとしたら……。
「いや、ないないない!」
俺は手を横に振りながら一人で突っ込む。
いくら何でも虫が良すぎる。
そんな都合のいいことなんてあるわけがない。
俺は自身の考えを戒めるようにして、頬を思い切りベチっと叩いた。
物凄く頬がじりじり痛むけど、変な考えを吹き飛ばすにはいい起爆剤になったらしい。
俺は一つ深呼吸をして、気を引き締めてから家庭科室を後にして教室へと戻った。
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