第24話 遠ざかる距離
学校から歩いて十五分ほどで、俺は有紗の家に到着した。
重厚な門扉の向こう側には、立派な花壇があり、季節のお花が咲き誇っている。
綺麗にしっかりと手入れされているのは、有紗曰くご両親がガーデニング好きだからとのこと。
有紗の家は、思わず通りがかったら二度見してしまうほどの大きなお屋敷みたいな家構えをしているのだ。
しかし、有紗がご令嬢で豪邸に住んでいるというわけではなく、外装だけが豪華で、中は至って質素な普通の家と同じ間取りをしていたりする。
有紗から聞いた話によれば、先代の人が土地を元々持っていて、景気がいい時代にこのお屋敷のような家を建てたと話していた。
なので、このお屋敷のような家には使用人もいなければ執事もいない。
いたって普通の一般家庭である。
とはいえ、いつもこの家に前に立つと、どうしても緊張してしまうのは仕方がないだろう。
見た目だけは大豪邸のようなお屋敷に、普通の高校生が何の用で来たのだろうと思われてしまうのだから。
「よしっ……!」
ピンポーン。
俺は一つ息を吐き、躊躇しつつもインターフォンを鳴らした。
「……」
しかし、待っていても、インターフォン越しから有紗の反応はない。
「おかしいな……家に入るはずなのに」
有紗は基本インドア人間なので、外に出る用事ほとんどない。
時間があれば部屋でFPSゲームに興じており、徹夜で学校へ登校してくることもあるぐらいおうち大好きっ子なのだから。
ちなみに、いつもスマホをポチポチ弄っているのも、スマホゲームをしているから。
有紗はコミュニティが広いわけではないので、友達とのSNSでのやり取りに時間を使っているわけではない。
もしかして、本当に体調を崩していて部屋で寝込んでいるのだろうか?
そんな心配をしつつ、俺がもう一度インターフォンを押そうとした時だった。
「アンタ、こんなところで何してるの?」
馴染みのあるダウナー声が聞こえてきて、後ろを振り返ると――
「有紗!?」
なんとそこには、有紗の姿があった。
肩からショルダーバッグを背負い、黒ニットのシャツに、ベージュのトレンチコートを羽織った春らしい装い。
デニムのパンツを履きこなし、有紗の長い脚がさらにスリムさを強調している。
そして見るからに、どこかへ出かけてきて帰宅してきたところであり、体調が悪そうな様子は感じではない。
「お前、この三日間学校休んで何してたんだよ⁉ 心配したんだぞ!」
「ごめん。ちょっと色々あって……」
ぶっきらぼうに答えてお茶を濁す有紗。
俺はさらに追及の手を強める。
「色々ってなんだよ? もっと具体的に教えてくれよ」
「アンタには関係のない事」
有紗は俺を跳ねのけるように言い切った。
ばつが悪くなったのか、有紗はそのままそっぽを向いてしまう。
「関係のないことって、なんだよそれ……」
「別に、私がどこで何してようが勝手でしょ」
「だからって……」
「何? アンタは私が心配なワケ? 結局アンタが助けてくれたところで、現状は何も変わらないって言うのに?」
「そ、それはその……」
今度は俺が黙り込む番だった。
過去に俺は、有紗を助けられなかったことがある。
そのことをぶり返されたのだ。
「まっ、そう言うことだから」
どうやら、これ以上口を開くつもりはないらしい。
有紗は手を挙げると、そのまま家の中へと入って行こうとする。
「それで、アンタは私を心配してきたから家まで来たわけ? 他に要件があったんじゃないの?」
有紗の態度に苛立ちを覚えつつも、俺は鞄の中からファイルに入ったプリント類を取り出した。
「これ、優ちゃん先生から」
「んっ、ありがと」
有紗は一言お礼を言うと、俺の手元からファイルごと奪い取ってしまった。
「いつまで休むつもりなんだ?」
門扉をくぐろうとしている有紗に、俺は再び質問を投げかける。
有紗は立ち止まり、首だけこちらに向けて答えた。
「来週からはちゃんと学校に行く。安心して、別に今回は病んだりとかしてないから。それじゃ。プリント届けてくれてありがとさん」
言いたい事だけ伝えて、有紗は門扉をくぐって玄関へと向かって行ってしまう。
玄関の扉を開き、有紗が家の中に入っていくのを見届ることしか出来ない無力さに、俺はぐっと手に力を入れて俯くことしか出来ない。
「一体何があったんだよ、有紗……」
やるせない思いが独り言として零れてしまう。
普段の有紗は、メンタルが落ち込むことがあり、時々学校を休むのだが、今回はそう言った精神的な類のものではない。
本人曰く違うと主張していたし、有紗がどこからか外から帰って来たのが何よりの証拠だった。
一体有紗がどこかへ出かけていたのか。
学校を休んでまでしなければならない用事とは、一体何なのか?
いつもなら、何かあったときはすぐに俺を頼りにしてくれていた有紗が、今はなんだか遠い存在になってしまったような気がして、一人疎外感のようなものを感じてしまい、悲しい気持ちにさせられるのであった。
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