第27話 俺がとった手段

「ごめん美月、もういいよ」


 俺は立ち上がり寺花さんの隣へ並ぶと、勝手にそう口から言葉が出ていた。


「安野君……?」


 呆然とする寺花さんをよそに、俺は勢いのままに彼女の手をぎゅっと握り締めた。

 そしてそのまま、俺は唖然としている水田さんに向かって頭を下げる。


「ごめん水田さん。寺花さんの放課後は俺が貰ってたんだ!」


 俺が頭を下げながらそう言うと、水田さんは驚いたような反応を見せる。


「えぇ⁉ そうなの⁉」


 驚きを隠せないと言った様子で、口元を手で覆う水田さん。

 教室内も、俺のカミングアウトに一瞬ざわめきが起こる。


「顔上げて、安野君!」


 水田さんに促されて恐る恐る顔を上げると、水田さんは先ほどとは打って変わってきらきらと目を輝かせながら羨望の眼差しをこちらへ向けてきている。


「嘘、何々!? 二人ってそう言う感じなワケ⁉」


 水田さんの中で合点がいったのか、目を見開きながら俺と寺花さんを交互に見つめている。


「寺花さんには黙ってて欲しいって俺がお願いしてたんだ。寺花さんの評判が下がると思って。ごめん!」


 自分なんかが寺花さんと見合う存在じゃない。

 だからこそ、彼女の周りからの期待に対して幻滅させたくなかった。

 そう言った体で、水田さんに納得してもらおうと試みたのである。


「そんなことないって、美月と安野君はすっごくお似合いだから、もっと自信もって!」

「あ、ありがとう……」


 俺がお礼を言うと、水田さんは次に寺花さんを見つめて、にやりとした笑みを浮かべた。


「もーっ美月ってば水臭いな。そういうことはちゃんと言ってよー!」

「ご、ごめんね……」

「まっ、でもそうやって安野君の言うことをちゃんと律儀に守っちゃう素直なところも美月らしいけどね」


 そう言って、水田さんはやれやれと言った様子で肩を竦めた。


「ってわけで、この後俺達は予定があるんだ。だから悪いんけど、今日の所は勘弁してもらえると助かる」

「ん、分かった。私の分までちゃんと楽しむんだぞ!」

「うん」


 水田さんに念を押されつつ、俺は寺花さんに声を掛ける。


「行こうか、美月」

「えっ、う、うん……」


 美月は戸惑いつつも、俺に手を引かれながらついてきてくれる。

 教室にいるクラスメイトから、色んな種類の視線を注がれているが、俺は恥ずかしさを押し殺して毅然とした態度を保ったまま、寺花さんを引き連れて教室を後にした。


 廊下に出てしばらくすると、クラス内から大きな騒めきが聞こえてくる。

 俺はそんな教室の反応を無視して、そのまま寺花さんと手をつなぎながら昇降口へと向かっていく。


「ちょっと安野君、安野君ってば!」


 昇降口へと歩いて行く途中。

 ようやく状況を理解できた寺花さんから呼び止められる。

 手を強く強く引かれて、俺は階段の踊り場辺りで立ち止まった。

 寺花さんの手を放し、寺花さんへと向き直る。


「ごめん、勝手な真似した!」


 そして、開口一番に俺は謝罪の言葉を口にする。

 いくら何でもやり過ぎて、彼女が怒っていると思ったからだ。


「ううん、大丈夫だから、顔上げて?」


 寺花さんに促され、恐る恐る顔を上げると、彼女は頬を赤く染めつつモジモジ身体を揺らしていた。


「私を助けてくれてありがとう」


 そして、寺花さんはボソっと感謝の言葉を口にしてくる。


「あれ……怒ってないの?」

「何に? だって安野君は私を庇ってあんな事言ってくれたんでしょ? 怒る筋合いなんてないよ」

「そっか、良かった……」


 俺は思わず、安堵の息を漏らしてしまう。

 もしかしたら愛想を尽かされてしまうのではないかと思ったから、嫌われなくてよかった。


 これで無事に、寺花さんがVtuberの中の人であることがバレずに済み、学校の『アイドル』としての威厳も保てただろう。

 まあ恐らく、多少見る目は変わってしまうかもしれないけど、被害は最低限に抑えることが出来たと思いたい。


「駅まで送っていくよ。今日もライブのレッスンがあるんでしょ?」

「えっ、でも悪いよ」

「ここで別れたら、せっかく俺が誤魔化した意味が無くなっちゃうだろ」

「た、確かにそっか……そうだよね」

「ほら、行こう」


 そう促して、俺は寺花さんに手を差し出した。

 寺花さんは躊躇いつつも、そっと俺の手を握りしめてくれる。

 彼女の手はとてもすべすべとしていて、思い切り握ったら砕けてしまうんじゃないかというほど小さくて可愛らしい。

 俺達はそのまま手をつないだまま昇降口へと向かって行き、学校を後にして駅へと向かっていく。

 先ほどまでのお互い探り合うような気まずさのある感じではなく、二人の間にはどこか温かみのある甘酸っぱい雰囲気が漂っているのであった。

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