第9話 幼馴染は気になる

「おはよー!」

「あっ、美月おはよー! ねぇねぇ、聞いてよ。昨日さ――」


 次の日、今日も寺花さんは、クラスメイトから声を掛けられ、クラスの『アイドル』として愛想を振りまいている。

 一方で俺は、自席に座りながら、モモちゃんのキーホルダーと視線の先にいる寺花さんを見比べながら、現実を受け止めようとしていた。

 モモちゃんが寺花さんで、寺花さんがモモちゃん……。

 確かに、快活さだったり似ている部分はあったけど、まさかこんな身近に推しVtuberの中の人がいるなんて思わんのよ。



「おうおうどうした。そんなに寺花さんを見つめながらため息を吐いてよ」


 すると、呑気な様子で俺の肩に手を回してくる峻希。


「別に見てねぇっての」


 俺はため息を吐きながら、峻希が回してきた手を振り払う。

 ついでに、手に持っていたモモちゃんが付いている家の鍵を、ポケットに仕舞い込む。


「別に隠さなくてもいいんだぜ? なんせあの寺花さんだからな」

「だから何度も言ってるけど、家が隣同士で出る時間が一緒なだけで、寺花さんとは何にもないから」

「それが叶わない奴もいるんだよ。お前はそのありがたみをもう少し実感するんだな」


 そう言いながら教室を見渡す峻希。

 つられるようにして教室を見渡せば、男子生徒達が俺の方へ鋭い視線を突き刺していた。

 その視線を浴びて、俺は重苦しいため息を吐きながら、窓際でクラスメイトと談笑する寺花さんへと視線を向ける。


 寺花美月てらはなみつき

 容姿端麗、才色兼備。

 誰とでも分け隔てなく愛想を振舞う姿とその美貌から、通称学校の『アイドル』と異名を持つ。

 寺花美月は絶対的な存在。

 この学校において至高の美女なのである。

 そんな生徒達から一目置かれる『アイドル』的存在と、毎日のように登校してくる冴えない男。

 その男こそ、たまたま隣に住んでいる俺、安野斗真というわけだ。


「隣に住んでるなら、斗真は寺花さんのプライベートとか知らねぇの?」

「全然。帰りは一緒じゃないからな」

「お前な、少しは知ろうとしろよ。寺花さんと話せる機会なんてそうそうねぇんだぞ」

「だから何度も言ってるけど、俺はただ彼女が心配なだけなの。そこに他の感情はないわけ」


 寺花さんは学校の『アイドル』という異名が肥大化して、アイドルや読者モデルとして活動しているのではないかという尾びれが付いてしまっているのだ。

 まあその実態は、Vtuber事務所『フラッシュライフ』に所属するVtuber桜木モモの中の人なわけだけれど……。

 寺花さんがVtuber活動をしていることは、俺だけが知っている。

 先日、寺花さんが俺と同じモモちゃんのキーホルダーを持っていることを知り、ついファンになった経緯を熱弁してしまったのだが、それが本人の胸に突き刺さり、寺花さんの方からモモちゃんであることをカミングアウトされたのだ。

 もちろん、寺花さんから秘密にしてほしいと言われた以上、他の人に言いふらすつもりは全くない。

 そこからこうして、学校では普段と変わらぬ距離感を保っているわけである。


 ただ、昨日の夜、秘密めかした笑みで唇を指で抑えられた場面が頭の中にフラッシュバックしてしまい、俺はつい無意識に自身の唇を触ってしまう。


 寺花さんが美少女であることは認める。

 あの時、胸がざわついたことも確かだ。

 しかし、俺が寺花さんに対して恋愛感情を抱いたことはこれっぽっちもない。

 人を好きになったって、結局は裏切り裏切られるのだということを、俺は良く知っているから……。

 なら、最初から期待なんてしない方がいいのだ。


「とか言ってますけど、どう思いますこの男」


 すると、峻希が俺の主張を聞いて、呆れたように隣の席でスマホを弄る松島有紗まつしまありさへ問いかけた。


「別に、斗真の好きにすればいいんじゃない」


 有紗はスマホを弄ったまま、素っ気ない返事を返す。


「そんな事言って、本当は内心で『私の幼馴染を取らないで!』とか思ってるんだろ?」

「きっしょ。アンタ馬鹿じゃないの? 言っとくけど私、斗真の事なんて全然興味ないし」


 ぶっきらぼうに答える有紗。

 峻希が口にした通り、俺と有紗は小さい頃からの知り合いで、いわゆる幼馴染という関係性なのだ。

 有紗の反応を見た峻希が、俺の耳元へ顔を近づけてくる。


「と、幼馴染さんは供述しているようですが本当のところどうなんですか斗真? 実はや気持ち妬いてるんじゃねぇの?」

「いや、俺にそれを聞かれても……」


 実際、有紗とは仲がいいとも悪いとも言えない。

 俺の中では仲がいい方だと思っていたけれど、いつだったか、有紗が急に素っ気なくなり始めたのだ。


「何か言った?」


 すると、峻希の言葉を地獄耳で聞き取った有紗が、殺し屋の如く鋭い目で睨みつけてくる。


「んじゃ、後はお二人さんで仲良くしてくれや……」


 場を荒らすだけ荒らしておいて、峻希は有紗の威嚇に気圧されてそそくさと自席へと戻っていってしまう。

 俺と有紗の間に、何とも言えぬ沈黙が流れる。


「あいつの戯言は気にしないで」

「お、おぅ……」

「絶対だからね?」

「わ、分かったって……」


 最後は半ば念押しのように有紗は言ってきた。

 俺は首を縦に振って頷くことしか出来ない。

 思い返して見れば、有紗との関係がこじれてしまったのは去年の夏ごろ。

 丁度、俺も家庭環境で悩んでいて、モモちゃんと出会った時期でもある。

 高校入学時は、もっとフランクに話すことが出来ていたはずなのに……。

 気付いたら有紗から一線を引かれていた。

 原因が何なのか分からないので、こちらとしても対応のしようがないのである。


「アンタ、寺花美月の事好きなワケ?」

「へっ?」


 とそこで、俺の思考を遮るようにして有紗が遠慮がちに尋ねてくる。


「だ、だから……寺花美月の事、どう思ってんのかって聞いてんの」


 珍しく有紗の方から話掛けてきた思ったら……。

 どうやら有紗も、俺と寺花さんの関係が気になっていたらしい。

 恐らく、俺と峻希が話しているのを盗み聞きしていたのだろう。

 全く、素直じゃない奴め。


「別に、何とも思ってないよ。ただのクラスメイト」

「ふぅーん。あっそ」


 有紗は素っ気なく答えると、頬杖をついたままぷぃっとそっぽを向いてしまった。

 恐らく、聞きたいことは聞き終えたといった感じだろう。

 心なしか、有紗の耳が赤くなっているのは気のせいだろうか?


 キーンコーンカーンコーン。


 とそこで、HR開始のチャイムが鳴り響く。

 教室前扉から、担任教師である『優ちゃん』こと白石優子しらいしゆうこ先生が入ってくると、クラスメイト達が慌てて自席へと着席した。

 優ちゃん先生は朗らかな笑顔を浮かべながら、教室を見渡して挨拶をする。


「はい、みなさんおはようございます! 今日も全員出席していて偉いですね!」


 母性たっぷりの口調で、出席していることを褒めてくれる優ちゃん先生。

 教室内に、温かみのある空気が流れ始める。


「はい、注目!」


 そこで突如、優ちゃん先生がパンっと手を叩き、教室内に流れていたポワポワとした空気を一蹴する。

 教室中の視線を独り占めにすると、一つ大きく息を吸って、優ちゃん先生が言い放ったのは――

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