第10話 席替え
「突然ですが、今から席替えをしたいと思いまーす。ここに箱があるので、中からくじを一枚引いて、黒板に書かれた番号と同じ所へ移動してくださーい!」
突如言い放たれた席替え宣言。
優ちゃん先生は、意気揚々と教卓の下からくじの入った箱を取り出した。
事前に準備していたらしく、サプライズ大成功といった感じで、誇らしげに胸を張っている。
「席替えだってよ」
「そうね」
隣に座る幼馴染の有紗に声を掛けると、素っ気ない様子で相槌を打つだけ。
一方の俺は、開放感からほっとため息が漏れる。
「やっと一番前の席から解放される……」
今の席は新学期からずっと出席番号順だった。
俺と有紗は、それぞれ4列目5列目の一番前の席である。
一番前の席は、真面目に授業に取り組まなければなないし、授業中に先生から指差されることも多いので、ようやくこの地獄からも抜け出せる解放と言ったら格別以外の何物でもない。
俺がウキウキしていると、有紗がじとーっとした視線でこちらを睨みつけていた。
「どうした?」
「……私と隣がそんなに嫌だったワケ?」
「そう言うんじゃないって。ただ一番前じゃなくなるのが嬉しいだけ」
「どうだか」
そう言って、有紗はすっと視線を前に向けてしまう。
「有紗は俺とまた隣がいいのか?」
「別に、私はまた一番前の席にならなければそれでいいわ」
「だよな」
周りのクラスメイトの反応も様々で、俺のように喜んでいる者もいれば、仲の良い友達と別れることになり悲しんでいる者もいた。
「はーいそれじゃあ次の人~! 前に出てくじを引いて下さーい」
優ちゃん先生の掛け声で、俺がくじを引く順番となる。
くじの箱の前に立ち、『一番前は嫌だ……一番前は嫌だ……』と心の中で神頼みをしながら、恐る恐る箱の中へと手を突っ込んだ。
そして、俺の手に吸い込まれるようにして一枚の紙切れが手の中に納まる。
俺はその運命のくじの紙を一気に引っこ抜いた。
緊張しつつ、俺は席に戻って折りたたまれている紙を開いていく。
「12番……!」
紙に書かれていた番号を確認して、俺はすぐさま黒板に書かれている番号と照らし合わせて座席を確認する。
「よっしゃぁ!」
俺は喜びのあまり思わずガッツポーズを作ってしまった。
席は窓側から二列目の一番後ろ。
教室内で一番過ごしやすいと言っても過言ではない場所をゲットした。
くじ運に恵まれ、俺は気分よく鼻歌を歌いながら、手早く荷物をまとめて早速机を移動させていく。
机を移動し終えて、前を向いてみると、教卓から距離も離れていて、クラスの様子が一望出来る素はらしい座席だった。
後は、両隣の席が誰になるかだけれど……。
「なんだ、結局隣かよ」
「悪い?」
右隣には、見知った顔というか、有紗が座ってこちらをじっと見つめていた。
さっきまで左側だったのが今度は右隣になっただけで、あまりメンツとしては変わり映えがしない。
まあ、有紗なら気を使う必要もないし、別にいいんだけどね。
「あっ、隣安野君なんだ。よろしくね!」
とそこで、今度は左隣から嬉しそうな声が聞こえてくる。
咄嗟に顔をそちらへ向ければ、左隣の席には、何と寺花さんの姿があった。
「寺山さん⁉」
「何々? そんなに驚いちゃって」
俺の反応が可笑しかったのか、寺山さんはクスクスと肩を揺らして笑っている。
まさか、隣の席が寺山さんになるとは……。
ラッキーなのかアンラッキーなのか。
特に、男子方面からの視線が厳しくなるんだろうなと思ってしまう。
案の定、寺花さんの隣の席が俺だと分かり、男子達の鋭い視線が俺に絶賛突き刺さっている。
「よろしくね、安野君」
「う、うん……よろしくね寺花さん」
そんな視線などつゆ知らず、寺花さんはにこにこ笑顔で俺に笑顔を振りまいてくる。
なんだか余計に風当たりが強くなったのは気のせいだろうか。
いや、気のせいだと思いたい。
「はーい席替えしてお隣の人と喋りたい気持ちは分かるけど、もうHRの時間も終わりだからお話は休み時間にしてねー!このまま一限の授業に入っちゃいますよー。教科書を用意してくださいー」
教卓で席替えを待っていた優ちゃん先生から声がかかり、そのまま一限の授業が始まった。
机の横に置いたカバンから筆記用具を取り出そうとしたところで、丁度寺花さんと動作が重なり、お互いの顔が近づいてしまう。
俺は思わず息を殺して身体を強張らせた。
なめらかな所作でカバンから筆記用具を取り出した寺花さんは、何事もなかったかのように姿勢を正して授業を聞き入る体制に入ってしまう。
俺も急いで筆記用具を取り出して、授業の準備を進める。
やっぱ無理無理無理!
寺花さんが推しのモモちゃんだって意識しちゃうと、緊張で心臓がバクバクしちまうよ!
それに時折、右隣からは鋭い視線も突き刺さって来るし……。
もしかして、今回の席替え、とんでもない席になってしまったのでは?
波乱の予感がプンプンと漂う中、俺は肩身が狭い思いをする羽目になるのであった。
そして授業が始まると――
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