第8話 温かい気持ち

 安野君の家を後にして、私寺花美月てらはなみつきは、後ろ手で玄関の扉を閉めて施錠をする。


「き、緊張したぁぁぁ……」


 部屋に戻った途端、一気に力が抜け、その場に崩れ落ちてしまう。

 もしかしたら、人生で一番緊張したかもしれない。

 それほどに、私が今回決めた覚悟は相当なものだったのだ。


 隣に住む安野斗真やすのとうま君。

 私と同じクラスの男の子。

 彼は周りを常に見ていて、気配りの出来る優しい青年。

 元々私は、彼のことをちょっといいなとは思っていた。

 遠い雲の上の存在としてではなく、隣に住むクラスメイトとして身近に接してくれていたことも、私としてはとても嬉しかったのである。

 けれどまさか、彼がもう一人の私、Vtuber桜木モモのファンだったなんて、誰が想像しただろう。


 彼が保健室で、私がポーチに付けていた誕生日記念に発売したキーホルダーを見つけた時、ファンだと公言されてどれだけ驚いたことか。

 驚きと同時に、私が中の人だと気づかれたのではという恐怖心を感じてしまったのも事実。

 身構える私をよそに、彼はモモの魅力について語り始めたのである。


 どうせ、見た目が可愛いだの声が綺麗だとか、配信で元気なところが素敵とか言われると思っていた。

 しかし、そんな予想に反して、彼はモモのその先を見据えていた。

 彼の洞察力は凄まじく、まるで私の内心を全て暴き出されているかのよう。

 でも、なぜか彼の言葉は、私の心をざわつかせたものの、どこか嫌な感じはなく、むしろ包み込んでくれるような温かみを感じたのである。

 だって、私の心の奥底に秘めている部分を心配してくれるなんて、普通考えられないでしょ?

 的を射て過ぎて、私の心の中に監視カメラでも付けてると思ってしまったぐらいなんだから。

 彼の熱烈な言葉を聞いて、私の心が気づけば満たされてしまっていた。

 全て彼に見透かされていたような気がして、自然と身体が熱くなってしまう。

 あの時の私は、顔中が真っ赤になっていたに違いない。


 安野君はそんな私の内心をゆつ知らず、熱が上がったのではないかと心配してくれたのである。

 私は彼の顔を直視することが出来ず、すぐさまベッドに寝転がって逃げてしまった。


 だって仕方ないじゃん。

 あんなのずるいもん。

 私の事全部理解してくれて、受け止めようとしてくれるんだから。

 そんなの、告白も同然だよ……。


 またあの保健室での出来事を思い返してしまい、私の身体が火照ってきてしまう。


「もう、あんなのずるいじゃん」


 私はやりきれない気持ちを吐露するように、一人玄関でつぶやく。


 早退してからも、ずっとベッドで寝転がっている間、安野君のことばかり考えていた。

 彼なら、私に安らぎを与えてくれるかもしれない。

 そんな一縷の望みを、彼に試したくなってしまったのだ。

 Vtuberのことをカミングアウトするのは怖い。

 けれどそれ以上に、彼にだけは本当の私を知っていて欲しかった。

 私は安野君が帰ってくるタイミングを見計らって、玄関前の廊下で待ち伏せして、勇気を振り絞り、彼に桜木モモであることを告げたのである。


 最初は安野君も驚きを隠せない様子だったけど、私の気持ちを伝えると、予想した通り安野君はありのままの私を受け止めてくれて、それが何よりも嬉しかった。

 本来の私、モモの時の私、学校での私。

 そのすべてを受け止めてくれたのだ。

 考えがまとまっていないけど、とにかく、安野君に伝えることが出来て良かったと思う。


「これからいっぱい頼っちゃっていいんだよね? 大丈夫だよね?」


 私は自分自身に自問自答する。

 まだちょっぴり素の自分を見せるのが怖いけれど、彼ならきっと、すべてを受け止めてくれると謎の安心感があった。


「えへへっ、何だろうこの気持ち……」


 安野君のことを考えると、胸がポワポワと温かい気持ちにさせられる。

 まるで、私がいままで忘れていた何かを思い出させてくれるような優しい感覚。

 きっと、これは悪いものではない。

 そう信じて、私もっと、彼の前で本音を見せて行こうと決意を固める。


「これから、本来の私をいっぱい見せちゃうからね!」


 もちろん、私がしたこの決意を、安野君はまだ知る由もない。

 さらに言えば、私が実行しようとしていることも……。

 その内容とは――

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